第3話 銀髪の転校生

 朝のホームルームが始まったのだが、教室はザワめき立っていた。


 黒板に書かれていく名前の一文字一文字に皆の視線が集まる。


 ――クロエ……クシュール……。


 心の中で文字をなぞりながら名前を呟いていると、チョークを置いた彼女がクルッと振り向いた。


「クロエ・クシュールです。以後、お見知り置きを」


 落ち着いたトーンで発せられた綺麗な声に、息を飲む者は少なくない。


「おぉ……っ」

「綺麗……っ」


 クラスメイトたちの口からは、感嘆の声がこぼれていた。そんな中でも、


「すげぇー可愛いじゃん……!」

「このクラスでよかったぁーっ!!」


 特に男子勢が色めき立っていた。


 そうなってしまうのも無理もない。彼女は品があるだけでなく、ルックスも目を見張るものがあるのだから。


 ――――ふっ。

 ――え。


 一瞬、彼女が空の方を見て微笑んだ気がした。


 ――今……。


 空が目をパチクリしていると、


「クシュールさんの席は――」


 と言い終える前に彼女は歩き出した。


 視線を浴びながら通路を通り、美智瑠の後ろの席で足を止めた。


「こちらの席、ですよね?」

「そ、そうですね……っ」


 彼女は席に着く瞬間、また目が合うと、今度こそ「ふっ」と笑みを浮かべたのだった。




 キーンコーンカーンコーン。


 休み時間が始まるなり、彼女の周りには興味深々な顔のクラスメイトたちが集まった。


 転校生が外国から来た銀髪美女なのだから当然か。


 彼女の出身であるアルティアル王国とは、北欧にある小さな君主制の国家であり、観光業を主な産業としている。というのが、今ネットで拾って集めた情報だ。


 そんな遠いばしょから、どうしてわざわざこの学校に通うことになったのか。気になるところだが、踏み込んで聞くのは野暮やぼだろう。


 そんなことを考えている間も、彼女は次から次へと飛んでくる質問の嵐に見事に対応していた。


 笑うときは口元に手を当て、話すときは相手と目を合わせる。


 初対面の相手と自然と話すことができる社交性も持ち合わせているという、まるでどこかのご令嬢のような立ち振る舞い。


 あの上品さは、もしかするとそこからきているのかもしれない。


「近くで見ても超可愛いーっ!!」

「お肌キレイ~っ」

「ねぇ、化粧水はなに使ってるの?」

「初めて見たとき、あたし見惚れちゃった~♪」


 彼女はクラスの女子たちに囲まれ、その光景はまるで男の手からお姫様を守るかのようだった。


 どうやら、遠巻きの男子たちに入れる隙はないらしい。


「………………」


 そんな中でも、隣の席の美智瑠は己を貫いていた。


 頭に付けたヘッドホンで音楽を聴きながら小説を読んでいる。


 傍から見ればクールに見えるが、実際はただ興味がないだけという。


 そんな彼女だが、実は男子の中で意外と人気が高い。


 ――そういう層には刺さるんだろうな……。俺にはわからねぇーけど。


 横から視線を外し、周りに習って右斜め後ろを見た。


 ――クロエ・クシュール……なんだろう、この妙な懐かしさは……。


 自分の中のモヤッとした感覚が一体なにを指しているのか。


 その答えを知る術を、俺は持ち合わせていなかった。

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