打ち砕かれた希望ともう一つの希望

 秋が深まる中、彰は必死に彩音を追いかけていた。彩音はますますDJにのめり込み、週二回以上DJを入れていた。彰もできる限り、彼女が出演するイベントに足を運んでいた。その中で、いいことも悪いこともあった。いいことは、彩音から自分に好かれて嬉しいと言われたこと、悪いことは、クラブでのボディタッチを拒否されたことだった。悲喜交交の中で、彰は希望が持てると考えていた。それはひとえに関係が続いているためである。


 十月半ばの夜、母親から連絡があった。父親に認知症の疑いがあり、今度、大きな病院で診てもらうことになるかも、ということだった。それだけだったが、彰には暗に帰郷を要請しているように聞こえた。帰郷、それは狭いアパートで浮世離れした生活を送っている彰には大事おおごとだった。帰郷するや否や、親のみならず、実家、土地、山など有形資産が一気に身に降り掛かってくる。それは気が重いことだったが、税金や死と同様に逃れられないことはわかっていた。結局のところ、帰郷は、彩音との関係次第だった。彼女と縁が切れたら、たぶん帰郷すると思えた。いずれにしても、数年以内の帰郷は既定路線であった。


 彰はそうした中で、二地域居住の可能性に気づいた。具体的には、冬の間は泰子の家に滞在させてもらうというものである。泰子の家には二〇年以上前に一年以上にわたり住んでおり、同居が解消されてからも、終電がなくなったりしたときは、彼女の家に泊めてもらったこともあった。


 彰はさっそく翌日の夜、泰子に電話してその可能性について訊いた。彼女の答えは完全に彰の希望を打ち砕くものだった。数か月はおろか数日の宿泊にさえも寛容ではなかった。彼女は自分の生活を乱されたくないと言った。その理由については何とも言えなかったが、もはや彼女にとって自分は恋人でもなんでもないことを痛感させられた。同居が解消されてから、ほかの女性を追いかけてきた彰にとって、それは身から出たサビと言えた。


 しかし、彰はその対応に少なからずショックを受けた。結局、彼女に何の根拠もなしに無条件の愛を期待していたのだった。それが都合のいい思い込みだということに初めて気付いた。


 彰は打ちひしがれたが、それでも彩音という希望があればこそ、前を向けた。今や自分に残された道は彩音と短期間で親密な関係を築くことしかない。それだけが帰郷してもなお彼女を繋ぎ止める唯一の道だ、と彰は考えた。

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