第39話

俺はフラフラになりながらも、リーリャンの言っていた街の使われていない出入口に辿り着いた。

火の手は既に外周を囲う壁にまで到達し、街の中は巨大な釜のような有様になっていた。


「ふぬぬぬぬ!」


重い鉄の扉を押し開けると、そこには仁王立ちをしたサクラがいた。


「サクラ」

「っ!」


俺が言葉を発する前に、サクラのビンタが俺の頬に飛ぶ。


「馬鹿! 馬鹿馬鹿馬鹿! 二度と勝手な真似するな! 二度と私の前からいなくなるな! 二度と、二度と!」

「ごめん」


サクラは俺に抱き着き、肩で涙を流し始めた。

俺はサクラをそっと抱き、街から離れる。


「みんなは?」

「先に避難させた、行先は聞いている」

「そっか、俺の事待っててくれたんだな」

「当たり前だ。お前様が死んでいたのなら、我もあの場で死んでいた」

「俺は生きてるよ、大丈夫だ」

「傷まみれの癖に!」


サクラはそう言って俺の体に付いた傷を指で撫でる。激痛が走り、思わず俺はその場にうずくまる。


『よっと』


うずくまった俺をサクラが咥え上げ、狼形態の背中に乗せる。


『掴まっていろ、すぐにナナ達と合流するぞ』

「頼んだ」


俺がサクラの毛をしっかりと握ると、サクラは猛スピードで走り出した。あっという間に街から離れ、雨の降りしきる平原を突っ切る。

あっという間に前方に馬車が見え、サクラは速度を落とした。


『まだこんな所にいるのか』

「主様旦那様! ご無事で何よりであります!」


馬車の荷台からナナが顔を出し、それに釣られて周囲の人々の注目を浴びる。

馬車を中心に数十人の大人の魔族が連なって歩いている。その顔はまるで、生気がないようだった。


『ナナ、状況は?』

「子供達はみんな無事、このまま進路を隣町に向け後二日ほどで到着であります」

「雨の中進むのは厳しいものもあるな・・・けど休めそうな場所もない、歩き詰めになるが仕方ないだろう」

「仕方ないだと!?」


突然列を構成していた魔族の一人が飛び出した。


「俺達が何したって言うんだ! 何も仕方なく無い! 突然家を失い、職を失い、隣のヤツは殺された! 何も仕方なくなんかない!」

「落ち着け!」


取り乱す男の肩を、リーリャンが抑える。


「僕達は何も悪くない。でもこの人は僕達が逃げる時間を稼いでくれたんだ、辛いのは分かるが八つ当たりはやめてくれ」

「クソ・・・クソ! 家に帰りたいよ・・・」


男は涙を流しながら、大人しく列に戻った。

リーリャンがサクラの足元にやって来て、俺に降りるようにジェスチャーをした。歩いている魔族達の目を見れば、なぜ降りるように言っているのか一目瞭然だった。


「ありがとうリーリャン」

「いや、礼を言うのは僕の方だ。時間を稼いでくれてありがとう」

「・・・街は」

「いいんだ。いや、良くはない。けれど、いいんだ・・・命があるだけマシさ」


リーリャンはそう言って、馬車を引いていた魔族と役割を交代した。馬車を引いていた魔族は安堵したような表情で、列に混じって歩き始めた。


「これはどこに向かってるんだ?」

「レニィの街は魔族の領域と人間の領域の境目であります。今から向かうのは完全なる魔族の領域にある街であります」

「我らも顔を見られ、抵抗した。人間の街にはいれんだろうから好都合よ」

「あと二日・・・雨、早く止むといいな」


俺達はただひたすら無言で馬車を中心に歩き、追手が来ていない事を確認しては交代で眠りについた。

馬車の中には子供達が収容されており、僅かなスペースと限られた睡眠時間だけが与えられた。

そして、その地獄の行進が二日続いた。


「着いた・・・」

「僕が話をつけてくる、君達は休んでいてくれ」


リーリャンが街に向かって走り出す。俺達は歩みの速度を緩めながら、しかし確実に街に近寄る。


「止まれ!」


街の方から怒声が飛んでくる。

全体の動きが止まり、緊張が走る。


「事情は聞いている、既に逃げてきた避難民も受け入れている」

「なら入れてくれ! 子供達もいるんだ!」

「それは出来ない! レニィの街の者ではない者達に、内通者の疑いが掛けられている!」


視線が一気に俺達に向く。

サクラの耳がピンと立ち、門の向こうを睨み付ける。


「それはない! 僕はリーリャン・イ・フェニクス、レニィの街では情報屋をやっていた! 僕がこの人達の身元を保証する!」

「やはり該当の人物がいるんだな、なら尚更門を開く訳にはいかない! 我々はこの街が大事だ、だからこそ厳正に対応させてもらう!」

「なんで、なんでそこで助け合えないんだ!」


リーリャンは門を殴り付け、悩んだ様に頭を抱える。

俺はサクラの方を見ると、ナナと一緒にサクラに運んでもらっていた荷物を地面に下ろしていた。


『積荷はこれで全部だな』

「そうでありますね」

「何やってるんだ、君達?」

「決まってるであります。ナナ達が邪魔者であるのならば、去るだけであります」

『あぁ、不愉快な扱いを受けた。我はこの街に入る気分では無い』

「そんな、傷はどうする! まだ戦いの傷は癒えていないはずだ! 食料や水は、金は!」


俺はリーリャンの肩を叩く。


「ここまで無事に来れてよかった。俺達はここでさよならだ」

「まだ何も返せてない!」

「何も返さなくていい、俺達が勝手にやったことだから」

「でも・・・」

『お前様はしばらく我の背中暮しだからな』

「そうであります! 絶対安静! でありますよ〜」

「はいはい」


俺はナナに持ち上げられ、サクラの背に乗る。ナナも飛び乗り、俺達は街とは反対方向に歩き始める。


「待って!」


リーリャンが声を上げた。


「僕も、僕も連れて行ってくれ」

「子供達のそばにいてやれよ、心配だろう?」

「心配だ。でも今君達に恩を返さなきゃ、この先一生返せない気がするんだ」

「いいのか? 多分俺達はお尋ね者だぞ?」

「僕は僕の選んだ道を行く」


リーリャンは自分の荷物を馬車から持ち出し、シスター・セリーナに手渡す。


「僕の荷物です、少ないですが売って生活の足しにしてください」

「リーリャン、どうか元気でね」

「はい、孤児院のみんなをよろしくお願いします」


リーリャンは短く挨拶を済ますと、俺達のそばに駆け寄った。

背後でゆっくりと門が開く音がする。


「今なら間に合うぞ」

「やめろよ、僕はもう決めたんだ。君達と旅をする。それに新しい目標もできたしな」

「なんだ、新しい目標って?」

「魔王になってやる。圧倒的な力を手に入れて、街を取り返すんだ」

『気に入った、稽古ならいくらでもつけてやる!』

「お手柔らかに・・・」


急に勢いを無くしたリーリャンに、思わず笑いが盛れる。

こうして俺達は新しい仲間を加え、次の街へと向かった。

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