第38話
「く・・・!」
「どうするお前様、すぐに見つかるぞ」
「俺が時間を稼ぐ、その内に逃げてくれ」
「お前様を置いていけるか! この中で最も弱いんだぞ!」
「父上の剣さばきなら体で覚えている、俺が最も可能性がある」
サクラは俺の手を引き、孤児院の方に走り出そうとする。
しかし俺はその手を振りほどき、その場にとどまった。
「信じてくれ」
「ならば我も残る!」
「あの人数の誘導は二人じゃ無理だ。それに何かあった時に動けるサクラがいてくれた方がいい」
「嫌だ嫌だ嫌だ! お前様を見殺しになど出来ない!」
「俺は死にに行く訳じゃない。避難が終わったら合図をくれ、俺も後で合流する」
「嫌だ!」
俺に飛びつこうとするサクラを、ナナとリーリャンが二人がかりで押さえつける。
「どうかご無事で、旦那様」
「こんな役回りを押し付けてすまない、頼んだよ」
「離せ貴様ら! ぶち殺すぞ!」
「サクラを頼んだ!」
「待ってくれお前様! また我は一人ぼっちになるのか!」
俺はサクラに背を向け、父上の降り立ったであろう場所に向かう。
サクラの嘆きを背中に受けながら、俺は瓦礫と炎を超えコロッセオの真上に到達した。街には大穴が開き、流れ込んだ雨水でコロッセオの底は水没していた。
「むぅ、一番弱そうなのがいたな?」
建物をまるで草木のようにかき分け、父上が姿を現す。ヴェールとの戦闘でも服や鎧にすら傷一つ付いておらず、雨水が滴り落ちツヤツヤと輝いていた。
「魔族は皆殺しだ」
「やってみろよ・・・!」
目にも止まらぬ斬撃が、俺に向かって浴びせられる。父上の右手に持った宝剣が、まるで地面を滑るように俺に迫る。
(動け動け動け動け!)
俺は体を必死に動かし、体が宝剣に切り裂かれる前に手のひらで触れる。
「【反転】!」
「ほう!」
父上は宝剣での一撃が弾かれ、あまつさえ勢いが反転したにも関わらず体勢を崩さなかった。それどころか腰を深く落とし、両手で宝剣を握り締めた。
「何度も見た・・・俺にその剣は通用しない!」
「面白い、どれだけ耐えれるかやってみろ!」
父上が宝剣を振る。あまりの速さに目が眩み、しかし体は反応する。
「【反転】!」
「目ではなく直感で凌ぐか! まだまだぁ!」
直感ではない。サクラとの修行の日々で手に入れた反射神経、それと幼い頃から体に叩き込まれた傷と痛みの記憶。
それらを総合して父上の剣技を反転し続ける。
「【反転】【反転】【反転】【反転】【反転】【反転】!」
「くくく、くはははははは!」
父上の剣が更に加速する。
上下左右、正面背後。父上はありとあらゆる方向から俺に切り掛る。だが奇跡的に、その全てを俺は反転し続けた。
俺自身の限界を超えている事は承知の上だった。ただ一秒でも、一瞬でも長く。この状態を続ける事が俺の狙いだった。
「ふん!」
「ぐっ!」
更に父上の剣は速度を増した。宝剣は徐々に反転が間に合わなくなり、俺の手のひらの皮を切り裂き始める。
皮を裂き終われば肉を、肉を裂き終われば神経を、神経を裂き終われば骨を。まるで千切りにする様に薄く薄く切り裂いていくだろう。
「【反転】【反転】【反転】【反・・・っ!」
「そこだ!」
父上の宝剣が振り上げられる。俺は出そうとした手を咄嗟に引っ込める。
反応し、剣に触れようとする腕を切り裂くカウンター殺し。幼い頃に痛い目を見た技だった。
宝剣は俺の顔の皮を切り裂き、仮面を真っ二つにして天に向かって直立した。
「・・・」
見られた。素顔を。
だが父上は、俺の顔をじっと見てニヤリと笑った。
「薄汚い魔族め、戦意を喪失したか?」
「・・・俺の顔を見ても、何も無いのか?」
「あん? ・・・貴様の親でも殺したか? 覚えていないな」
俺の心に満ちたのは、安堵感。それと同時に、激しい怒りが身の底からふつふつと湧いて出た。
「そうかよ・・・そうかよ!」
俺は父上に飛び掛る。父上は後ろに足を逃がしながら、一歩下がって俺の体を真っ二つに割くべく剣を振り下ろした。
幼い頃から何度も見た剣筋。憧れにも似た感情を抱く事もあった。尊敬と畏怖、それらを混ぜ込み、飲み込み、己の糧として剣の修行に明け暮れた。
そんな俺を先に裏切ったのは、父上の方だ。
「何っ!」
父上の剣筋を見切り、俺は宝剣の一撃をするりと躱す。そして父上の胴体に飛びつき、その首筋に両手を当てた。
「【反転】!」
「ぐぉぉぉぉぉぉ!!!」
父上の首が回り、反転する。真後ろを向いた状態になった首にまだ手を当て、大きく息を吸い込んだ。
「父上、俺は強くなったよ。【反転】」
そう呟くと同時に、父上の首は一回転し正面を向いた。父上の口からは舌がだらりと垂れ、両目からは血涙が流れ出ていた。
「父上!」
背後で誰かの声が聞こえる。
振り返ると、そこには兄上がいた。
「な、お前・・・!」
兄上が初めて焦った様な表情を見せる。
それと同時に、狼の遠吠えが街中に響き渡る。合図だ。
「兄上・・・殺してしまいました、父上を」
「どうしてここにいる、何をしている!」
「俺、家の恥なんかじゃないですよね?」
「違う! 早く逃げろ!」
兄上は焦った様に俺を父上から引き剥がし、瓦礫の裏に連れて行く。
口を塞ぎ声を漏れないようにし、ゆっくりと父上の死体の様子を伺う。
「・・・」
父上の死体は立ったまま指をピクリとも動かさず、ゆっくりと首だけが回転した。
俺が捻った方向とは逆方向に戻り、父上の目から零れ落ちた血涙は父上の目へと吸収される。
だらりと垂れ下がっていた舌は口の中に戻り、父上は大きく息を吐いた。
「まだ勝負は終わっていない! 出てこい小僧!」
父上の咆哮が、街から立ち上る煙に亀裂を生む。
俺はあまりの恐怖に足がガクガクと震えていた。殺意を持って殺したはずだ、確実にトドメを刺したはずだ。どうして生きているのか見当もつかない、どうして首がひとりでに回ったのか。
どうして、どうして。
「っ!」
震える足がぶつかり、瓦礫が崩れ物音が立つ。
その瞬間、兄上が勢いよく立ち上がった。
「父上! ご無事ですか」
「おうベレッタ、魔族の小僧を見なかったか? まだ勝負の途中でな」
「いえ、魔族は見ておりません」
「そうか・・・俺に恐れをなして敗走したか! ガハハハハハハ!」
高笑いをする父上の元に、兄上が走り寄る。
「それよりも父上、突如現れた不死鳥のせいで軍は壊滅。残存勢力では逃げ出した残党を狩るのは不可能と思われます。どうされますか」
「決まっているだろう、全員殺す。この街を手に入れる。何も変わっていない」
「父上、残像戦力は俺と父上だけです。追撃戦は少々手間かと」
その瞬間、兄上の顔面に父上が拳をぶち込んだ。
「黙れ! 俺がやるといったらやるんだ! それでもバレンタイン家の男か貴様!」
「・・・申し訳ありません」
「ふん!」
「・・・王命はこの街の奪取、果たされたという認識でも問題ないのではという考えからの発言です」
「王など知るか! 俺がこんな役をやらされてるのはあの夜貴族共を巻き込んで殺したせいだ、全ては軟弱な貴族共が悪いのだ!」
父上は宝剣を鞘に収め、その場に唾を吐いた。
「事後処理はお前達でやっておけ、俺は先に家に戻る」
「かしこまりました」
「それと、この街に生き残りがいたら全て殺せ」
「はい」
父上はそう言い残すと、炎の中を悠々と歩いて街の出入口の方に歩いて行った。
「・・・行け」
「え?」
「そして二度と姿を現すな」
兄上もそう言い残し、炎を避け街の出入口の方に歩いていった。
一人取り残された俺は、一先ず身の安心に胸を撫で下ろした。
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