第19話
「よくぞ、よくぞ番人を倒してくれました」
「それで、ここまではあんたの計画通りって訳か?」
「どういう事だ?」
サクラは不思議そうな顔をしながら、横目でエルサを睨みつける。エルサは剣を持ち上げ、降参のポーズを取った。
「争うつもりはありません。私の用があるのは、そこの心臓です」
「ここまでやったんだ、全部洗いざらい話してもらおうか」
エルサはゆっくりとこちらに歩み寄り、部屋に入って来た。剣を持ち上げたまま。
「事の始まりは、まだ私が子供の頃。この近くに移住した私達の一族が目撃した一つの伝説から始まります」
「伝説?」
「山歩きの伝説。エルフの長老達が語り継ぐ、何も無い平野に突如現れたこの山のお話です。長老曰く、山が歩き一夜にしてこの場所に腰を降ろしたと」
「それがこのダンジョンが一夜にして現れたって話の元だな」
「えぇ、私は目撃していませんので最初は信じていませんでした。この目を授かるまでは」
エルサはギラつく眼光で、俺達の背後にある心臓を睨みつけた。
「時は経ち私は成長、洗礼の義を受けた私は【鑑定】のギフトを授かりました。それは見た物の実力などがステータスと言う数値になって分かるものです」
「【鑑定】のギフト、話していた通りだな」
「その日、私は信じられない物を目撃しました。この山にステータスが現れたのです」
「つまりこう言いたい訳だな」
「「この山は生きている」」
俺の言葉とエルサの言葉が同時に発せられる。
エルサは深く頷き、サクラとナナは背後で脈動する心臓に目をやった。
「私はすぐに伝えました、ダンジョンに潜る冒険者に。すぐ側の森で暮らす同胞達に。しかし相手にされませんでした、そんな馬鹿げた話はただの伝説だと」
「待って欲しいであります! ナナ達は今どこにいるんでありますか!?」
「この山。いや、山脈自体が魔物の体。そしてダンジョンは魔物の体内です。私は自らの足でそれを証明しようとした!」
エルサは懐からあの本を取り出した。
「私は冒険者としてこのダンジョンに潜った、そしてありのままを記した本を作った。だがある時難関に差し掛かった」
「あの岩人間だな?」
「そうです。私は負けた、戦士長に完膚無きまでに。私は強くなかった、命からがら逃げ出した。思い出すだけでも恐ろしい、だから本には記せなかった」
エルサは悔しそうな表情を浮かべる。しかし顔を上げ俺達を見ると、ぱあっと笑顔を浮かべた。
「誰か勝てる人に託そう。そう考えた私の考えは間違っていなかった! こうして戦士長を倒してくれる冒険者が現れた! あぁ、改めてありがとうございます! おかげで私の野望は果たされる!」
「それだ」
踊る様にステップを踏んでいたエルサの動きが、俺の一言でピタリと止まった。
「俺には二つ分からない事がある。一つ、側近のお前の目的はなんだ。二つ、本物の魔王はどこにいる」
「・・・? 側近? と言うものでは恐らくないと思います。魔王はほら、すぐそこに。私の目にはずっと写っていました」
エルサは背後の心臓を指さす。それと同時に剣を投げ、心臓に深々と突き刺さった。
「私の目的はただ一つ、いつ暴れ出すか分からないこの脅威を! 殺す事! ただ一つ!」
エルサは心臓に飛び付き、深々と刺さった剣を乱雑に引き抜いた。心臓の破れた部分からは血が吹き出し、一瞬で周囲は血塗れになる。
鼓動は安定を損ない、数秒もすれば止まってしまった。
「これでこの魔物も死ぬ。いつ暴れ出すか分からない魔物に怯える日々も、これで終わる」
「勘違いを正してやるよ、エルサさん」
俺はエルサの手を引き、エレベーターに向かって走る。
その瞬間、ダンジョン全体が振動を始める。
『乗れお前様! ナナも!』
狼になったサクラに乗り、サクラは速度を上げる。エレベーター内の壁を駆け登り、あっという間にダンジョンの外に出る。
「う、動いている・・・心臓を潰したはずなのに!?」
山脈はゆっくりと、巨大な四本の足で立ち上がろうとしていた。
「山脈クラスの生き物の心臓が、あんな小さなサイズな訳が無い!」
「巨大すぎるであります・・・」
山脈はゆっくりと立ち上がり、首を擡げ周囲の様子を伺う。土砂を掻き分け胴体から生えた巨大な二本の牙が天を衝く。
『ギャォォォォォォ!!!』
巨大な首長竜の様なフォルムをした四足の魔物が、山脈を背中に乗せたまま大声で吠える。耳を塞いでも鼓膜を破らんとするその声量に、俺は思わず吐きそうになった。
「これがガルガンチュアの本体だ!」
「ガルガンチュア!? ナナ達が殺したはずでありますよ!」
「あれはいわゆる免疫機能、白血球の様なもんだ! これがガルガンチュアの本体だ!」
ガルガンチュアはゆっくりと足を上げ、大地を踏み鳴らしながら歩行を始める。ゆっくりとしたその一歩が、山を踏み潰した。踏み締められた山だった土砂は行き場を無くし、津波の様に周囲を破壊しながら撒き散らされた。どうやら土踏まずの様な物は存在しないらしい。
「あれが人の住む場所に行けば大災害が起きる!」
『どうするお前様!』
「ここで殺す! 首まで走ってくれ!」
俺達を乗せ、サクラは全速力でガルガンチュアの背中を駆け抜ける。山脈の間の崖を飛び越え、山を登り、ガルガンチュアの首の根元にあたる部分に到着した。
『首が太い! 山一つ分はあるぞ!』
「血管を切れ! 脳に血液が行かなきゃ生物は死ぬ!」
「血管ってどこでありますか!?」
ナナが情けのない声を上げる。俺も自分達の足元を見るが、血管らしきものは見えない。分厚い皮膚の下に隠されているのか、脈らしき物も観測出来なかった。
「・・・血管は、あそこにあります」
「なに?」
「分厚い血管が見えます、数メートル掘った場所にあります」
エルサが鼻血を流しながらぼんやりと呟く。
「私のせいで、私が事態の解決を急いだせいで・・・私が目になります、私が見ます!」
「サクラ!」
俺が合図をすると、サクラは走り出した。エルサが指さした場所を爪で掘り進めると、脈動を感じる太い管を見付けた。
『こんな物!』
サクラが血管に噛み付き、引きちぎろうと頭を擡げる。その瞬間、掘り進んで来た壁から何かが滲み出るように出現した。
「岩人間!」
何十体もの岩人間がサクラの背に降り注ぎ、あっという間に俺達は岩人間に取り囲まれる。
「ナナ、サクラの邪魔をさせるな!」
「了解であります!」
ナナは大剣を振り、サクラの背中に着地した岩人間を吹き飛ばす。
俺も壁から染み出すように湧いて出た岩人間を投げ飛ばし、別の岩人間にぶつけサクラの背中から落とす。
「私だって、私だってぇ!」
「エルサさん!」
エルサは剣を振り、大勢の岩人間達を切り刻む。その太刀筋は見事で、一切の衰えを感じさせなかった。
『ぐぬぬぬぅ! ふん!』
サクラが血管を噛みちぎると、大量の血液が吹き出した。俺達は間欠泉に打ち上げられる様に吹き飛ばされ、山脈部分に着地した。
「これで脳に血液は行かない! 動きが止まるはずだ!」
周囲が暗くなる。顔を上げると、そこには大口を開けたガルガンチュアの首が迫っていた。
『捕まれ!』
サクラが走り出すと同時に、ガルガンチュアの首は自分の体に強く打ち付けられた。
その振動がサクラを通して俺達に直撃する。
俺達はサクラから跳ね飛ばされ、吹き飛ばされる。
「旦那様!」
ナナの声が響く。俺の体を掴み、大きく振って投げ飛ばされる。その直後、地面を割って大口を開けたガルガンチュアがナナを呑み込んだ。
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