第11話

「【勇者】ぁ?」

「知り合いか?」

「いや、全く知らん」


サクラは首を振り、訝しげに勇者と名乗ったナナを観察する。

背丈ほどある巨大な剣を担ぎあげ、地面につくほどの白い長髪。瞳はギラギラと光を放つ様に俺達を見つめ、ギザついた口からは興奮めいた吐息が漏れている。


「魔王と聞こえた気がしたのでありますが、何か知っている事があれば教えて欲しいであります!」

「知ってる事って言っても・・・俺達は魔王の窟と呼ばれてるって情報で」

「やっぱりここは魔王の窟なのでありますね! やったー!」


ナナはぴょんぴょんと飛び跳ね、喜びを全身で表現する。俺達を置いてけぼりにしている事に気付いたのか、一通り喜び終えたナナは咳払いをした。


「どなたに聞いてもそれらしい情報が出なくて困っていたのでありますよ! ナナは魔王を倒しにここ、魔王の窟にやって来たのであります! あなた達はどうして?」

「俺達もまぁ、同じ目的だな。魔王を倒しに来た」

「おいお前、お前は本当に勇者か? 我の知る勇者とは姿が違うが・・・」

「ナナは勇者でありますよ!」


サクラの問いに、ナナは自信満々に答える。


「ナナは洗礼の儀にて【勇者】のギフトを頂戴したのであります!」

「【勇者】のギフトがピンと来ないな・・・」

「【勇者】のギフトとはズバリ! この世界を支配しようと目論む魔王を討ち滅ぼす使命と力を預かるギフト! ナナは授かった力に相応しい働きをするだけであります!」


なんだか分からんが、サクラが魔王である事を話すと厄介な事になりそうだ。俺は目配せをしサクラに合図を送ると、サクラもそれを察してか深く頷いた。


「それで、お二人はどうして魔王を倒しに来たのでありますか?」

「俺達は魔王を倒す事で強さを証明しようとしてるんだよ」

「強さの証明! 素晴らしいでありますね! では一度手合わせ致しましょう!」

「待て待て待て、何でだよ!」

「勇者たるもの力無き者が無謀な戦いを魔王に挑み、負けて無惨に死ぬのは見ていられないのであります!」


ナナは巨大な剣を引き抜き、俺に向かって構える。俺は足を一歩引き、あくまでも戦う姿勢が無いことを伝える。


「さぁ! 来ないなら行くでありますよ!」

「サクラ、どうする」

「どうするもこうするも、こういう馬鹿は何処にでもいる。やってやれお前様」

「俺任せかよ!」

「いざ!」


ナナが地面を強く踏み込み、剣を担ぎ飛び込んで来る。巨大な剣が俺の頭上に向かって振り下ろされるが、俺はなんなくそれを受け止める。


「【反転】!」

「うわっと! 今のはギフトでありますね!」


ナナは空中で跳ね返されたにもかかわらず、くるりと身を翻し地面に着地する。バランスを微塵も崩していない様で、次にどうあの巨大な剣を打ち込もうかと考えている様子だった。


「ほんとに待てよ、俺は別に争うつもりは」

「次はどうでありますかな! 【勇者流・破岩斬ゆうしゃりゅう・はがんざん】!」


ナナが巨大な剣を振り下ろすと、次の瞬間斬撃が巨大な刃となって俺に向かって襲いかかる。さながらサクラの爪から放たれる衝撃波の様だった。


「【反転】!」


次々と飛んでくる刃を反転させ、周囲の壁や天井に受け流す。だが斬撃が消えた時、ナナの姿が無くなっていた。


「後ろだお前様!」

「もらったであります!」

「【反転】ッ!」


サクラからの声掛けに咄嗟に体が反応する。背後から振り抜かれる剣が体に接触する前に、俺は自分の体の上下を反転させた。

剣を撫でるように飛び越え、俺はナナの頭上を取った。

その瞬間、ナナの腕が俺の胸ぐらを掴んだ。


「甘いであります!」

「お前もな! 【反転】!」


俺の胸ぐらを掴んだナナの腕を掴み返し、ナナの重力を反転させる。その勢いを利用してナナを天井に叩き付け、俺は無事に着地した。

ナナは受け身も取らずに地面に落下し、そのまま地面に寝そべり天井を見上げている。


「う〜む、こんな小細工まみれじゃ魔王には勝てないでありますよ」

「負けたのにダメ出しか? 言っとくがまだ全力じゃないからな」

「お前様〜? 途中油断したな〜?」

「うっ、悪かったよ」

「ちなみにそっちの獣人の人は強いんでありますか?」

「あぁ、俺よりも数倍は強い」

「数十倍、な!」

「お手合せを願ってもよろしいでありますか?」


その言葉を聞くと、サクラを舌を出し嫌な笑みを浮かべた。

ナナからの質問に答えもせず、サクラは爪を出しナナに向かって飛びかかる。


「ととっ! 危ないでありますね!」

「くくっ! 今のを受け切るのは見込みアリだな!」


一瞬の出来事で俺には何が起きたか見えなかった。サクラの姿が空中で消えたと思いきや、次の瞬間にはナナの目の前に移動していた。そしてその不可視の一撃はナナの巨大な剣に阻まれていた。

サクラがナナの剣を足場に、跳ね返る様に飛び上がる。そして天井に爪を立て、逆さまにしゃがみ込む。


「来るであります!」

「加減はしてやる!」


サクラが天井を踏み付け、真下のナナに向かって急降下する。ナナは迎撃せんと剣を振るが、サクラの姿がまた消えた。


「こういう狭い場所の方がやりやすい!」


洞窟の至る場所からサクラの声が響く。サクラの声が響くと同時に、何者かに踏み付けられたかの様に壁が次々と砕ける。

目が慣れてくると、サクラが壁や天井を跳ね回っている事が見えた。


「な、何が起こってるでありますか!?」

「ふん!」

「ぷぎゃっ!」


サクラがナナの頭を引っ掴み、地面に叩きつける。体操選手の様に体を捻り着地したサクラに、俺は拍手を送った。


「何も見えなかったであります・・・」

「我も少し本気を出しすぎた様だな」

「相変わらずデタラメな強さだな・・・」

「だろうだろう!? 我は強いだろう!」


誇らしそうに胸を張るサクラ。そのサクラの背後で、ナナが立ち上がり頭を勢いよく下げた。


「その強さ感服したであります! どうかナナも魔王退治にお供させてくださいであります! 主様!」

「む? むむ。まぁ良いだろう! 我としても戦力がいるのはいい事だ! 構わんな、お前様」

「え? あぁ、サクラがいいならいいけど・・・」


魔王を倒す使命を背負った勇者が、魔王の支配下に入ってしまった。そして恐らくサクラはその事に気付いていない。

俺は一抹の不安を抱えながら、サクラに同意した。


「ところで、お二人の関係は?」

「ん〜? 我の番だ♡」

「な、なんと! 主様の番・・・とお呼びするであります!」

「え、違うけど。やめてくれる!?」

「決定事項であります! 旦那様、主様、よろしくお願い致します! ナナはナナ、勇者のナナであります!」


こうして俺達の仲間に勇者を自称する女が入った。

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