第12話

「それでナナはこのダンジョンで何をしていたんだ?」

「ナナはダンジョン最奥地を目指していたであります! きっと魔王はそこにいるであります!」

「俺達は少しだけ見て帰るつもりだったんだ、出口はどっちだ?」

「出口ならないでありますよ」


ナナはしれっとそう答える。

俺は絶句し、自分達が落ちてきた穴を見上げる。


「出口が無いって?」

「このダンジョンは複雑怪奇、定期的に構造が変わるのであります」

「構造が変わる・・・?」

「今いる通路は出口には繋がっていないであります。出たいなら壁を壊して、出口に繋がる通路を見付けるしかないでありますよ」

「俺達は落ちて来てすぐだからよく分からないんだが、今いる現在地はどれくらいの深さなんだ?」

「今は地下十五階層ってところでありますね」


いつの間にかそんなに深く落ちてしまった。いや、落とされたと言うべきか。

それよりも、壁や天井は硬い岩で形作られているように思える。それが構造を帰るとはどういう事だろうか。


「あ〜旦那様?」

「ん? うわ、濡れてる」


俺は思考に夢中になっており、いつの間にか水溜まりに足が浸かっていた。視線を上げると水溜まりでは無く、地底湖の様に通路が水で満たされていた。


「それ溶解液なので早く出た方がいいでありますよ」

「先に言えよ! 先頭歩いてたのはナナだよな!?」


俺は大慌てで水から離れる。幸い靴も足も溶けてはいなかった。いつの間にかナナを追い越し先頭になっていたようだ。


「っ! お前様水から離れろ!」

「なんだ!?」


サクラが叫ぶと同時に、背後の水面が盛り上がる。水中から巨大な尻尾が姿を現し、俺の体を尖った先端が狙いを定める。

音速を超える速度で放たれた尻尾の突きを、俺は無意識的に地面に受け流した。


「あ、危ねぇ!」

「よくやったぞお前様! 我の教えがいいおかげだなぁ!」

「とっとと退くであります!」


水中から二つの目が俺を捉え、次の瞬間巨大な蛇が大口を開けて俺を捕食しようと飛び出してくる。

その大蛇の頭をナナが大剣で殴り飛ばし、蛇は壁に頭をぶつけ水中に帰っていく。


「シーサーペントだな、湖や海にいる魔物だがどうしてこんな場所に・・・」

「主様、水場から離れれば危険はないであります」

「いやせっかくだ、お前達二人で相手しろ」

「サクラ!?」


サクラは地面にあぐらで座り、腕を組んで俺達の様子を観察しだす。


「お前様に分かるように言えば、一匹で強さは二人分くらい。成長具合を見せてみろ!」

「あぁクソ! 分かったよ!」

「突きか噛み付きか、どっちにしても食らえば死でありますよ! 腕が鳴るでありますなぁ!」


ナナは嬉々として大剣を水面に構える。俺も素手で構え、水面を睨み付ける。

水面下で何かが動き、一瞬で水面に何かが飛び出す。


「ッ!」


俺の体が反応するが、水面から飛び出したのは小さな石ころだった。


「ブラフであります!」

「本命はこっちか!」


俺の顔スレスレを飛び抜ける石ころを無視し、水面から飛び出した尻尾を拳で叩き落とす。槍の様に尖った尻尾の先端は地面にぶつかり、粉々に砕け散った。


「ナイスでありま」


そう笑ったナナの笑顔が、視界の端で吹っ飛んだ。

ナナは水中から伸びる鋭い尻尾に貫かれ、壁に叩き付けられた。


「な、まさか!」


水面から頭を持ち上げ、シーサーペントが姿を現した。


「サク」


振り返ろうとした瞬間、視界の端の水面が盛り上がる。俺は反射的に飛んで来た物を掴み受け止める。

俺の眼前で尖った尻尾は止まり、俺の眼球を貫こうと尻尾全体がじたばたと動き始める。


「そのままどっちも抑えろ!」

「無理言うな!」

「やれ!」


サクラの命令にも近い咆哮が洞窟内に響く。俺はまた水中に退こうとしている尻尾を踏み付け、動きを止める。物凄い力で暴れる二つの尻尾は俺から逃れようと、必死にもがく。


「く、来る!」


痺れを切らしたシーサーペント達は少し頭を縮めると、バネの様に頭突きを放つ。狙いはもちろん俺だった。


「ナイスであります!」


白い髪の毛がまるで彗星の様に輝き、一瞬でシーサーペント二匹の頭を纏めてぶった切った。


「ふぅ、こんなもんでありますかね」

「ナ、ナナ・・・明らかに動けないダメージだったのに?」

「ん? 魔族は丈夫で再生能力抜群でありますよ? と言うか旦那様も魔族でありましょう?」

「え・・・そういうもの、なんだ・・・」


ナナは自分の頭から流れる血を舐め、出血部分を雑に拭き取る。ナナの大剣にはシーサーペントの尻尾がぶつかった跡があり、大剣でガードした事が見て取れた。


「お前様はもう少し自信を持て、あんな蛇コロぐらいお前様一人でも十分やれるさ」

「そんな事言ったって・・・」

「そうでありますよ旦那様! 旦那様は十分強いであります!」

「俺はやれる事やってるだけだよ」


俺が自虐的にそう呟くと、サクラとナナは顔を見合せた。


「普通の人間はシーサーペントの突きに反応出来んし、尻尾を掴んで動きを止められん」

「そうでありますよ! 普通の人間ならって旦那様人間なのでありますか!?!?!?」


ナナは驚いた様に飛び上がり、俺の顔をベタベタと触り始める。

俺はナナの手を片手で纏めて止めさせ、大きなため息をついた。


「色々と事情があるんだよ・・・」

「なるほど、でしたらあんまり聞かないであります!」

「いいのか?」

「ナナも秘密の一つや二つ抱えてるでありますからね!」


ナナははにかみながら、何かを隠すようにその場でくるりと回転した。

俺はどこか幼さの残るナナのその仕草に、大人びた色気の様なものを感じた。


「そ、それよりも出口だ。もう様子見は済んだから出口に向かいたい」

「そうでありますね。もう少しこっちに寄ってください旦那様」

「こっち?」


俺はナナの指示通りに少しばかり移動する。

その時洞窟全体が鼓動し、地面が揺れ動き始める。


「な、なんだ!?」

「言ったでありましょう、定期的に構造が変わる。と」


ナナの言う通り、通路が塞がりさっきまで壁だった場所が迫り上がる。あっという間にダンジョンの中身は様変わりし、俺達の目の前には上層に続く通路が現れた。


「出口まで案内するでありますよ〜」

「待てよ。こんな大規模に構造が変化するダンジョンに、案内なんか出来るのか?」

「お任せ下さい旦那様! ナナはこのダンジョンの変化含めた構造を全て把握しているでありますからね!」


ナナは俺達の先頭を切り、上層への通路を昇っていく。


「何やら裏のありそうな奴だな、お前様?」


サクラはまた意地悪そうに笑うと、ナナの後をついて行った。

俺は背後を振り返る。通路が降りて来て潰されたシーサーペントの頭が、溶解液で溶けて地面に吸収されている。

俺は身震いを一つして、二人の後を追った。

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