第10話

「見えたぞお前様! あれが噂の魔王の窟だ!」

「あれがか・・・」


俺達の前に巨大な山が姿を現す。頂上は雲を突く程天高くそびえ立ち、地平線の向こう側にまで山脈は伸びている。


「馬車で半年がサクラの足なら一ヶ月半か」

「道中寄り道しなければもっと早かったぞ」

「情報は命だ、何があるかは分からないから大事な寄り道なのさ」

「大した情報を得られていない事が事実だがな!」


サクラから飛び降り、俺はサクラの横腹をポンと叩く。サクラは人の姿に変化してから、ブルブルと体全体を振って汚れを取り払った。


「とりあえず最寄りの街に向かうぞ、麓に大きな街があるらしい」

「ダンジョンの入口があると言うのに、逞しいな人間は」


サクラに預けていた荷物を担ぎ、俺達は麓の街に向かった。ダンジョンの近くと言うには栄えており、人通りは多くほとんどが冒険者の様な装いをしていた。


「さすがダンジョン近くの街、活気があるね」

「どこもかしこも嫌な臭い、汗と血の混じった臭いだ」

「驚いたな、そう言うの好きそうなのに」

「戦士の匂いと不潔の臭いは違うぞ」


サクラと会話をしながら冒険者ギルドの扉をくぐる。受付に向かうと、何やら人が集まり揉めているようだった。


「何とかしてくれよ! アイツがいるせいで手に負えないんだ!」

「出会う奴に片っ端から襲いかかってる! あの女、正気の沙汰じゃない!」


わぁわぁと喚く大の大人達を尻目に、俺達は隅の空いている受付に冒険者証を置く。


「宿を一部屋、それと魔王の窟に関して情報が欲しいんだが」

「あと美味い飯の店も!」

「宿は併設されているのを一部屋お取りします。ですが魔王の窟は今はやめておかれた方が・・・」


受付が気まずそうな顔をすると、横のカウンターで騒いでいた奴が俺の肩を掴む。


「ちょうど良かった魔族の兄ちゃん! ダンジョンの中で暴れてる魔族のガキを何とかしてきてくれよ!」

「待てよ、俺は別に・・・」

「魔族は目が特殊だから見りゃ分かる! なぁ頼むよどうせダンジョンに向かうんだろ?」

「まぁそうだな、話くらいは聞いてやろう」

「サクラ!」


勝手にサクラが話を進め、男達に囲まれる。

男達は口々にダンジョン内で起きた出来事を説明しだした。


「魔族のガキがダンジョンの中で暴れてやがるんだ!」

「しかも女のガキだぜ!?」

「俺も殺されかけたんだ!」

「戦う意思はないって言ったのにボコボコにされたんだ!」

「しかも自分を勇者とか名乗ってやがったんだ!」

「魔物として討伐依頼を出せってギルドに言ってるのに取り合ってくれねぇし!」

「ふむふむ。だいたい話は分かった」


サクラは深く二、三度頷き、男達の肩を次々と叩く。


「我に任せろ! 必ずやその魔族のガキとやらを懲らしめてやろう!」

「流石だぜ獣人の姉ちゃん!」

「頼りにしてるぜ!」


男達はほっと胸を撫で下ろし、サクラににこやかに手を振りながらギルドから出ていく。サクラは男達が見えなくなるまで手を振り、ニヤリとした笑みを浮かべて俺の肩に頭を逆さまに置いた。


「お前様・・・勇者だってさ、くくく」

「勇者と言えばまぁ・・・」


俺の脳裏にはゲームの魔王と勇者の様な図が浮かび上がる。だがサクラは魔王と言うにはどこか足りていない様な気がするし、そんなに面白い要素は無いように感じた。


「我を封印したのも勇者だ、ボッコボコにして鬱憤晴らしてやるんだ。お前様も手伝えよな」

「嫌だよ、やるなら勝手にやれよ」

「いいやお前様もやらにゃならん! 我の苦しみと悔しさを知るものとして手伝うのだ!」

「はぁ・・・」


俺は了解とも拒否とも取れないような返事を返し、受付に顔を向ける。

受付の人間は奥の方から一冊の本を取り出してきて、俺達のいるカウンターの上に置いた。


「こちらにダンジョンの情報は載っております、閲覧はギルド内でしたら自由ですのでご返却時はお声掛けください」

「ありがとうございます」


俺は本を持って近くのテーブルに着く。サクラは着席するや否や酒と小料理を頼みワクワクと到着を待ち始める。


「ふぅむ・・・」

「なにか面白い事でも書いてあったか?」

「ダンジョンの中の魔物の情報とかが書いてある。・・・不自然だな、構造や道筋が何も書いていない」

「ふぅむ、こことか何か書いていないか?」

「ん。ダンジョン内の構造は絶えず変わっている・・・? そんな馬鹿な」


俺は他に目立つ記述が無いことを確認し、本を閉じて受付に返却した。


「それでどうするんだお前様、まだ日の入りまで時間はあるぞ?」

「そうだな、少しばかり魔王の窟を見に行ってみよう。例の暴れてる魔族に会わなければいいが・・・」


俺達はギルドを出てしばらく山の方に歩いて行く。山に近付くに連れて人通りはいっそう荒々しくなり、建物が減っていく。

最終的に簡易的な見張り所やバリケード、城壁じみた壁と巨大な洞窟の入口が現れた。


「ダンジョンから出てくる魔物に困るのが日常茶飯事らしい、さっきの本にも書いてあった」

「逞しいなぁ」

「人がいるかもだから、狼の姿禁止でな」

「はいは〜い」


二人並び揃ってダンジョンに足を踏み入れる。内部は湿った空気の充満する普通の洞窟だった。


「なんでここが魔王の窟と呼ばれてるんだ?」

「さっきの本にも載っていなかったし、俺達以外でそう呼んでる奴がいなかった。だが受付には伝わったからあながちガセ情報って訳でも無さそうだな」

「もうちょっと確信が欲しいが・・・ん?」


サクラが足を止め、目を細めて通路の先を見る。そこには岩陰に隠れる様に、巨大なスライムが岩壁にへばりついていた。


「邪魔だ!」


サクラがスライムを殴ると、スライムは粉々になって地面に散らばる。

一箇所に集まろうと蠢くスライムを踏んずけ、硬い何かを踏み壊す。


「コイツらは核を潰さんと永遠に復活する、殴りがいも無いし退屈だ!」

「魔王らしからぬ全力だな」

「なにぃ? 魔王だからこそ全力を出すのよ」


サクラがそう言い放った瞬間、俺達の足場が崩れた。


「何やりやがった!」

「何もしてない! 強く踏んだだけだ!」


俺達は斜面を転がり落ち、無事に地面に着地した。


「いてて」

「な、なんなんだ一体」

「失礼、魔王と聞いて少々強引ながらも招待したのであります」

「誰だ!」


暗い洞窟の向こう側に誰かが立っている。その人物は背丈ほどもある巨大な剣を持ち、爛々と輝く目には狂気が宿っていた。


! 【勇者】のギフトを授かり、魔王を打ち倒す宿命を背負ったなのであります!」

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