第4話『仮面の下』

鉱山は炎に包まれていた。

倒れた監督たちの仮面は床に散らばり、血と煤で黒く染まっている。

だがカイの胸は恐怖よりも熱に満たされていた。夢の中で見た光景が、いま確かに現実を変え始めていたからだ。


奴隷仲間たちは震えながらも、誰も再び鎖につながれようとはしなかった。

それぞれが砕けた鉄を手に、互いの手首から鎖を外し合う。

――そしてその中心に立つのは、カイだった。


「これで俺たちは……自由に」

言いかけた時、背後から足音が響いた。


振り向くと、そこに立っていたのはあのブタ野郎だった。

他の監督たちが倒れていく中で、ただ一人、堂々と歩み出てくる。

そして、ゆっくりと両手を上げ、自らの鉄仮面に触れた。


「お前に見せる時が来たようだ」


ギィ……と金属が軋む音。

次の瞬間、仮面は外され、床に転がった。


現れたのは――人間の顔だった。

深い皺と傷跡に覆われた、疲れ切った大人の男の顔。

その瞳は、奇妙なほどカイと似ていた。


「……人間?」

奴隷たちがざわめく。


男は静かに頷いた。

「そうだ。俺もかつては奴隷だった。だが生き延びるために、この仮面をかぶり、監督役を演じ続けたのだ」


カイは言葉を失った。

夢を呪いと呼んだこの男が、同じ奴隷だったとは――。


「なぜ……裏切らなかった? なぜ俺たちを救わなかった?」

カイの叫びに、男は苦笑を浮かべた。


「夢を見た者は必ず死ぬ。それが掟だ。俺は生き延びるために、夢を捨てた」

男の目が燃える炎を映しながら、かすかに震えていた。

「だが……お前は捨てなかった。だからこそ、ここまで来られたのだ」


その時、鉱山の奥から地鳴りのような音が響いた。

大地が震え、岩が崩れ落ちる。

男は天井を見上げ、低く言った。


「来るぞ……“夢を喰らう王”が」


奴隷たちは凍りついた。

それは伝説の名。夢を見た者を喰らい、この地に呪いを残した存在。

決して姿を現さないはずのものが、今まさに動き出している。


男はカイの肩を強く掴んだ。

「お前が進め。仲間を連れて地上へ行け。俺はここで奴を止める」


「無茶だ! 一人でどうやって――」

カイの抗議を遮るように、男は微笑んだ。


「俺は夢を諦めた男だ。だが……最後くらいは夢を守るために死んでもいい」


そう言うと、男は砕けた仮面を拾い上げ、再び顔に当てた。

そして、炎の中へと歩み出していった。


カイは唇を噛みしめ、仲間たちを振り返った。

誰もが恐怖に震えていた。だが、その目の奥には確かに小さな光が宿っている。


「行こう」

カイは言った。

「俺たちの夢は、ここから始まるんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る