第2話『ブタ野郎』

翌日の鉱山は、いつもより重苦しい空気に包まれていた。

奴隷たちは黙々とツルハシを振り下ろし、石を砕く音だけが響いている。

けれどカイにはその音が奇妙に遠く聞こえた。昨夜の夢がまだ胸に残り、目を閉じればあの草原の風景が鮮やかによみがえる。


その時、不意に背後から声がした。

「……お前、夢を見ただろう」


カイは振り返った。

そこに立っていたのは、豚の鉄仮面を被った監督役のひとりだった。

鎖を操る鞭を片手に持ち、仮面の奥の暗い穴から視線を注いでいる。


「……何のことだ」

カイは震える声で返した。夢を見たことを知られるのは死を意味する。

そう教えられてきた。


だがその男は、鞭を振るうこともなく、低く笑った。

「ごまかすな。夢を見た者の目は違う。……俺にはわかる」


他のブタ野郎たちと違って、この男の声は妙に人間的だった。

怒鳴り声ではなく、落ち着いた響き。

それが逆に、カイの背筋を冷たくする。


「夢は呪いだ」

ブタ野郎は低くつぶやいた。

「夢を持った奴隷は必ず処刑される。掟だからな。……だが同時に、夢は力だ。お前、胸の奥で熱を感じているだろう」


カイは言葉を失った。昨夜のあの感覚を、この男が知っている……?


「なぜ俺にそんなことを……」


問いかけると、ブタ野郎は答えず、代わりに鞭を石床に打ちつけた。

乾いた音が響き渡り、周囲の奴隷たちは一斉にうつむく。


「口を慎め。今はまだ生きていたいならな」


そう言い残し、ブタ野郎は人混みの中へと姿を消した。


カイはツルハシを握り直した。

心臓が激しく脈打っている。

夢は呪い。夢は力。


その矛盾する言葉が、頭の中で何度も繰り返された。

そして気づく。

――この男もまた、夢を知っているのではないか。


鎖に縛られたはずの世界に、ほんの少しだけ亀裂が入ったように感じた。

カイの胸の奥で、その亀裂から光が差し込む。


だが同時に、彼はまだ知らなかった。

夢を抱いたことが、すでに監督たちの目に留まり、処刑の刻が迫っていることを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る