第4話
「ねえ、大丈夫?」
誰かの声が聞こえてきた。
可愛らしい女の子の声?
ユディはゆっくりと目を開けた。
そこには大きな目をした少女がしゃがんでいた。
年はユディよりも少し下。10代だろうか?
周りはいつもの灰色の風景ではなかった。
ゆっくり後ろを見ると、鉛色の巨大な扉があった。
でもさっきまでいた場所とは明らかに違う。
「貴方は何者ですか?」
恐る恐るユディは聞いた。
「私は朱羅(しゅら)。貴方こそ誰なの?」
「失礼しました。私はユディ・ウォルターです。」
「ユディ?」
朱羅の顔はパァっと明るくなる。
「貴方の名前は本当にユディなの!?」
「そうですけど…。」
ギュッと朱羅はユディの手を握った。
「本当に会いたかったの。本当に私の目の前に現れたんだ…。」
ユディは意味がわからなかった。
でも待って。シュラって名前…。
「貴方、シュラって名前なの?」
「そうだよ。」
明るく朱羅は返事をする。
彼女が動く度にポニーテールに結んだ髪がクルクルと揺れた。
ユディは思い出した。
レオナルド・ウォルターが言っていたことを。
「ここは地上の世界なのですか?」
朱羅は頷いた。
「そう、ここはかつて文明で栄えていた世界。ユディは本当に地下から来たのね?」
「ええ。でも、なんで貴方はここにいるのですか??地上の世界は滅びたと聞きました。」
朱羅は笑いながら言った。
「これはね、魔法の力。」
「魔法?」
「そう。魔法。それがなかったら、全員死んで、きっと世界は滅んでいた。」
「魔法とは一体?」
朱羅は微笑むだけでそれ以上は何も言わなかった。
「ねえ、ユディ。一緒に来て。飛翠(ひすい)に会ってほしいの。」
「ヒスイ?」
「村の長。私は飛翠に言われてここに来たの。私の運命の人が現れるって、飛翠は言っていた。」
「…運命?」
「そう、私の…」
朱羅は俯いた。何かがあるんだろうとユディは思った。
ユディはふと思い出した。
あの時の兵士はどこへ行ったのかと。
「あの…私の他に別の人が来ていませんでしたか?」
「別の人?」
「そう、別の…。」
遠くに一人の男が倒れているのが見えた。
「あそこに…。」
ユディは指を指した。
「あいつならさっき俺が倒した。」
朱羅の後ろからひょこっと少年が急に現れた。
「蒼生(そうき)!」
「朱羅。運命の人ってこいつか。」
「こいつって。ちゃんとユディって名前があるから!」
朱羅は笑う。
顔の右側と中央に大きな傷跡があるその少年はジッとユディを見る。
「なんだか地下の人間ってよくわからない。さっきのあいつもそうだったけど。」
蒼生は刀の柄を握る。
刹那、銃声が響く。
「へぇ。地下の人間って回復早い?マジかよ!」
シュッと蒼生は刀を抜くと、銃弾を切り落とす。
そして、銃声をした方を見た。
そこには血だらけで銃を構えた男が立っていた。
「ガブリエル。未だ俺と戦うの?」
蒼生は言った。
ユディは思い出した。
そうだ、この声、聞いたことがある。さっき、トンネルで。
そして、そこにオスカー・ファルクが立っていた。
「その名前を…呼ぶな。」
「何故?」
蒼生は言った。
「だって君の本当の名前だろう?ガブリエル・シュミット。」
「言うな!」
オスカーは迷いなく銃弾を放つ。
忘れたはずだった。
突然赤く染まった世界も、あの優しい笑顔も。
だって、あの人は存在しない。
調べても調べても帝国のデータにはあの人の名前はなくて、そもそも最初からこの世界に存在しない。
でも、自分の記憶には確かにその人は存在していて、母親に聞いたこともあった。でも母親は何も言わなかった。
彼女は忘れたんだ。
そして自分も忘れたはずなんだ。
何故目の前にいる男は俺の本当の名前を知っている?
オスカーはジッと蒼生を見ていた。
息は荒く、心臓の鼓動が速くなる。
蒼生は銃弾を叩き落としていた。
そして、蒼生はオスカーを見た。
「お前、なんで?」
聞きたいことがあった。
頑なに何故本当の名前を拒むのか。
意味がわからない。
「お前の父親は…。」
オスカーの顔色が険しくなる。
「言うな!」
オスカーは銃弾を再び撃つ。
ユディはオスカーのことを何も知らなかった。
帝国兵士、やっと聞いた名前、それ以外の情報はわからない。
帝国の人間は全てそうだ。
立場、階級。顔と名前は個人の識別する為のもの、それだけ。
それ以外の情報は必要ないから。
彼は何を抱えているのが、興味が湧いた。
「…何を怯えているの?」
ユディはふと思ったことを口に出した。
オスカーはハッとユディの方を見た。
「怯える?」
「貴方に何があったの?」
オスカーはスッとユディから顔を逸らすと、呟くように言った。
「貴方には関係のない事です。些細なことですから。」
蒼生が口を挟む。
「お前の父親が殺されたことが?」
オスカーは口を噤んだ。
そしてオスカーは蒼生を見た。
何か頭の中がモヤモヤしていた。
この感情がオスカーには理解が出来なかった。
説明が出来ないのだ。
何故彼は自分の父親のことを知っているのか。
帝国の人間は誰も知らないのに。
「何故知っている?」
絞り出すようにオスカーは蒼生に問う。
「知っているさ。そしてお前とユディ・ウォルターがあのトンネルに現れるのを俺はずっと待っていたんだ。」
オスカーは混乱していた。
何をするべきかわからない。命令がないからだ。
ナノシステムを通じて機械皇帝に問い合わせても回答がない。
「お前達に会いたかったんだよ。」
蒼生はユディとオスカーを交互に見た。
「これが運命だというのなら。」
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