第5話
これが運命?
ユディは彼らを見た。
そして、叔父の遺した言葉を思い出す。
「朱羅。貴方は何を知っているの?」
朱羅は微笑んでいるだけだった。
「行こう。飛翠が待っているよ。」
蒼生はオスカーを見た。
混乱しているのか、何も言わなかった。
「そうだな。お前も来いよ。」
それから蒼生は少し考えてから、言った。
「…お前、カイル・レズリーって知っているか?」
オスカーは目を大きく見開いた。
「お前、何で?」
「…聞いてみたかっただけだ。」
そっけなく蒼生は答えた。
「細かいことは飛翠に聞いてくれ。俺が話すことでもない。」
蒼生は朱羅に合図を出した。
「じゃあ行くよ。」
朱羅はユディとオスカーの腕を掴んだ。
蒼生は朱羅の肩に手を置いた。
刹那、彼らはその場所から消えた。
イオは一人暗い部屋で、レオナルド・ウォルターが遺した手帳を眺めていた。
中身を読もうとしたが、中々勇気で出なかった。
重罪人とされている男の持ち物。
ラファエロが言った、データの消し方。
データを消せば、その人の存在が無くなる。
誰の記憶からも消えてしまうのか。
データを消す方法…やり方はどうでもよかった。
それで存在が無くなる事にイオは恐怖を感じた。
もはや自分が何者なのかもわからなりそうだった。
でも、知らないといけない。
イオは手帳を開いた。
気がついたら、ユディは家の中にいた。
古びた造りで、歩くとギシギシ音がする。
近くに朱羅と蒼生、そしてオスカーがいた。
オスカー・ファルク、帝国兵士。
それだけ判れば別によかったはずだ。
でも、彼が一体【何者】なのか、ユディは興味が出てきた。
「やっと来たか。」
ドアを開けて男が現れた。
長い髪を一つに束ねていた。右目に眼帯をつけ、布で隠していたが、明らかに右腕が無かった。
胸には大きな涙型のペンダントをつけていた。
「飛翠、ユディとオスカー、連れて来たよ。」
朱羅は男に近づきながら、言った。
男はユディとオスカーを見ると、静かに言った。
「俺は飛翠。この村の村長をしている。」
ユディとオスカーはぺこっと頭を下げた。
「ユディ・ウォルター、だな?」
飛翠はユディを見た。
そしてオスカーを見る。
ユディは強張っていた。
見知らぬ土地で見知らぬ人物に相対している。
この先どうなるのか皆目見当もつかなかった。
「……レオナルド・ウォルターの姪、か。」
ユディは頷くしかなかった。
「お前達はレオナルド・ウォルターを探しているのか?」
ユディは再び頷いた。
「もうレオはここにはいない。18年前、俺が…レオを殺した。」
ユディは目を見開いた。
横で朱羅は俯いていた。
「ついて来い。お前、レオから鍵を受けて多ているのだろう?」
ユディはハッとした。
上着の内ポケットにそれは隠されていた。
ユディは飛翠を見た。
飛翠は黙っていた。
そして、飛翠は歩き出した。
ユディも慌てて飛翠についていく。
朱羅は蒼生を見た。
蒼生は頷いた。
朱羅もユディに続いて飛翠の後を追った。
部屋には蒼生とオスカーの二人きりになった。
「お前は行かないのか?」
オスカーはポツリと言った。
蒼生は静かに口を開いた。
「お前こそ、知りたかったんじゃないのか?俺がお前の本当の名前を知っていることに。」
オスカーは黙った。
「何も言わなくても、俺にはわかるんだよ、ガブリエル・シュミット。」
蒼生はスッとオスカーに近づいた。
「カイル・レズリー、お前の父親を殺した男。俺はその男の記憶を受け継いだんだ。」
オスカーは目を見開いた。
「俺の父親は…そのカイル・レズリーって奴だ。その男の後悔がそうさせたんだよ。」
「父親?」
蒼生は話を続ける。
「カイルは一回だけ地上に現れて、俺の母親と知り合った。たったそれだけだ。それだけだけど、俺はこの世に生まれ落ちた。」
オスカーは困惑した。
記憶?
何を言っているんだ?
「俺はこの世以外の世界に行けるんだよ。興味本位で死後の世界に顔出して、母親と父親に会って、それで俺の運命を聞かされた。父親の最大の後悔はお前なんだよ、ガブリエル。俺は、父親に頼まれて、お前を救うように言われている。」
救う?
オスカーはぼんやりと蒼生を見た。
そこにそれは存在しているのに、でもおとぎ話のようだった。
現実味がなかった。
でも、こいつはあの人を知っている。
それは理解できた。
「お前は俺の父親の存在を知っているんだな?」
「バーナード・シュミット?」
オスカーは頷いた。
オスカーはほっとしたのかもしれない。
やっとあの人を知っている人に出会えた。やっぱり、あの人は存在していた。
「何故、お前はそれを俺に聞いた?お前の父親だろう?」
蒼生は疑問に思った。
「帝国ではあの人は存在しない。そもそもいなかった。でも俺の記憶にはあの人がいて、あの日のこともしっかりと憶えているのに、でもあの人は存在していない。」
「ちょっと待ってくれ。死んだらお墓くらい…。」
「そんなものは帝国にはないよ。非効率じゃないか。」
「じゃあお前の父親は…。」
「データを消されたんだ。存在しなかったことにされて。だから俺も改名して、何事もなかったように生きてきた。」
蒼生は理解が出来なかった。
データ?
「……。お前は本当にカイル・レズリーの息子だとして、何故俺を救う?それはなんのために?俺が救われる?それは一体何の意味がある?」
オスカーは聞いた。
救う?
その意味がわからなかった。
カイル・レズリーはあの時何を思ったのだろう?
きっと何も考えることはなかったはずだ。
考えることは非効率であり、そもそも禁忌である。
「意味がわからなくてもいい。俺は俺でお前を救うだけだ。」
蒼生は静かに言った。
彼の脳裏に父親の記憶が蘇る。
小さな男の子が目の前で父親を殺された、その光景。
蒼生は自分ならと考える。
偽善と言われてもいい。
残されたあの男の子を救いたいと思うのはごく自然なことだと思う。
でも何で救うなんだろう?助けるではなくて。
父親ははっきりと言ったんだ。
「ガブリエルを救って欲しい」って。
記憶の中にいるバーナード・シュミットは笑顔の絶えない優しい男だった。
聡明であり、そしてとても妻と子を大切にしていた。
でもそれは突然だった。
灰色の世界が突然真っ赤に染まった。
ガブリエルは何が起こったのかわからなかった。
自分の父親が射殺されたことを幼い彼が理解することは出来なかった。
父親は倒れたまま、返事をしなかった。
そして、返り血で赤く染まった男を見た。
男の瞳から水が溢れていた。
ガブリエルは不思議そうに、男を見つめた。
それが涙なんて、この帝国の人々は知らなかったから。
カイルだって、これが初めての仕事ではない。
何人もの人々を処分してきた実績だってある。
でも、初めてだった。
自分が何をしたのか、考えるのは。
ガブリエルの大きな瞳が、カイルを困惑させた。
カイルは急いでその場から離れた。
そして、独りになれるところを探した。
それが、あのトンネル。
その日以来、彼の心は疲弊していった。
何も考えなければ、こんなことにはならなかったのに。
でも、彼は考えてしまうようになってしまった。
だから、レオナルドは…。
飛翠は地下へ続く階段を下っていく。
ユディと朱羅は飛翠のあとについて行った。
そして、湿った地下の廊下を歩き、壁の前で飛翠は止まった。
「おまえ、ここに鍵を刺してみろ。」
ユディにそう言った。
ユディはポケットに手を置いた。
飛翠が指差したところに、小さな鍵穴があった。
朱羅は黙って二人のやりとりを見ていた。
ユディは恐る恐るポケットから小さな鍵を取り出すと、その鍵穴に鍵を差した。
すると、突然そこに木の扉が現れた。
飛翠は迷いなく扉を開ける。
「さあ、行ってこい。そして、自分達で聞いてくるんだ。」
「え?」
飛翠はユディと朱羅を扉の中に押し込むと、静かに扉を閉めた。
そこは暗く、カビ臭かった。
清潔である帝国に、カビ臭いなんて概念はない。
ユディにとってこの臭いは苦痛でしかなかった。
何か明かりが見えた。
それを頼りに進むしかなさそうだった。
「ユディ、大丈夫?」
朱羅は聞いた。
ユディは朱羅を見た。
何故、彼女が自分の名前を知っていたのか。
気になった。
「何故、貴方は私の事を知っていたのですか?」
朱羅は答えようとしたが、ためらった。
ユディは真っ直ぐに自分を見ていた。
ユディの目を見て、隠し事は出来ないと悟った。
「私は、レオナルド・ウォルターの娘だから。」
ユディは頭を殴られたような衝撃を感じた。
Last Evolution~僕と機械の関係について 千里 @senri-rapturesoul
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