第3話

留置場はパレスの地下にあった。

 イオは薄暗い牢屋に入れられ、部屋の隅に膝を立てて座っていた。

 何でここに入れられているのか、自分が犯した禁忌を振り返った。

 いつか作りたいと思っていたプログラム。

 ちょっと手を出しただけでこの騒ぎ。

 もう二度としない。

 そうイオは心に決めた。

 それにしても、首相閣下は何の為にあのバグを放置していたんだろう?

 反乱分子を見つける為?

 そんなこと、一介のエンジニアにはわからない。

 昨日、出会ったウォルター議員…。秘密の仕事。世界を革命するって…。

 仕事内容は何も言っていなかった。後で連絡するって言っていただけだ。

 まさか革命ってやっぱり反乱分子のようなものをするのか?

 イオはドキドキしてきた。

 きっとよくないことが起こる。

 これからどうすればいいのか。

 ナノシステムは沈黙していた。

 何をしていいのか、聞いてみただけなのに。

 きっと、議会が意図的に機械皇帝がイオのナノシステムが接続することを拒んでいる。

 そういうことなんだ。

 イオは頭を埋めた。


 オスカー・ファルクはアラン・デュランジュに呼び出されていた。

「オスカー、わかっているね?」

「さっきのエンジニアのことですか?」

「いや、あれはまだ泳がしておく。それよりも、レオナルド・ウォルターの件だ。彼が失踪して18年。そしてクーデターが起こったのが3年前。そして今回のバグの件。全てあいつが仕組んだことだ。調査に出なければならない。」

 アランはイラついていた。

 オスカーは頷いた。

 黙って、閣下と機械皇帝の指示通りに動けばいい。

「更に、今日の議会で更に恐ろしいことが起こった。ラファエロ・ウォルター議員の娘で件の男の姪に当たるユディ・ウォルター嬢が議会で全国民の思考を許可するべきだと意見を述べた。我々が思考を管理しているからこそこの世界は安定し平和が保たれている。それに反して思考を解放したら、この帝国は混乱する。一部の将校達が反乱するレベルではない。それこそ革命が起こってしまう。」

 アランはゆっくりとオスカーに近づいた。

「オスカー・ファルク少尉。ユディ・ウォルターを処分しろ。」

 オスカーは「わかりました」と言うと、すぐに部屋から出ていった。

 

 ラファエロは薄暗い留置場の廊下を歩いていた。

 平和で安定しているこの帝国で犯罪者など存在することはない。

 ただ建国当初は色々とあって留置場を作る必要があった。

 3年前のクーデター騒ぎでもここは使われたらしい。

 クーデターに関わった人間はその後誰もいなくなってしまった。

 ここにいた者達がどうなったのか、誰も知らないのだ。

 記録すら残っていない。

 そんな事を思いながら、ラファエロは一つの区画部分の前に立った。

「イオ!」

 ラファエロは割と大きな声を上げた。

 イオはビクっと顔を上げ、声のした方を見た。

 ラファエロ・ウォルター議員!?

「なんでここに!?」

 ラファエロは笑顔で言う。

「議員だから何でも情報は得る事が出来る。知ろうとすればね。」

 それにしてもわざわざここまで来る用件はないはずだ。

「君の行動の件は不問になったよ。」

 ラファエロは笑顔のまま言った。

「君の存在を消したからね。」

 え?

 イオは固まった。

 この人は何を言っているのか。

「君と言う存在が消えたのだから、勿論罪も消える。鍵は開けておいたから、出ておいで。」

 イオはフラフラと立ち上がった。

 そして、牢から出ると、ガシッとラファエロがイオの腕を掴んだ。

「さあ、どうする?君自身で考えるんだ。」

 イオは何が起こっているのか考える。

 いつもなら頭の中のナノシステムが反応するのに、何も起こらない。

 ラファエロの顔を見てみても嘘をついているようには見えない。

 この人は一体何だ?

 何をして、こうなった?

 仮にそうだとして。誰がイオのデータを消したんだ?

「混乱しているね?いいね。僕の家においで。全てを話そう。」

 イオは頷くとラファエロの後をついて行った。


 その男は外の世界に出た。

 外の世界で見つけたものを丁寧にまとめ、何をすべきか記した

手帳を残し、失踪した。

 その男の名前はレオナルド・ウォルター。

 ラファエロの弟だった。

 何をきっかけに彼が動き出したのか動機はわからない。

 でも、彼はきっとこの世界を憂いていた。

 MADの原因と治療方法を早急に調べるように議会に進言したのも彼だった。

 ユディの手元には彼の残した手帳があった。

 その手帳には小さな鍵が添付されていた。

 それがどこの鍵なのか、手帳には記されていなかった。

 でも彼はその手帳をユディに託す際に囁いたのだ。

「地上で出て、シュラに会って。世界を救ってほしい。」

 朧な記憶の中に何故かその言葉だけがしっかりと覚えていた。

 ユディは手帳を父親に渡していた。

 直感的にこの鍵は外で使うものだと思っていた。

 鍵は大切に彼女の上着の内ポケットにいつも忍ばしていた。

 いつどこでその鍵穴を使うか、わからないから。

 そしてユディ・ウォルターは灰色の街の中を歩いていた。

 何が起こるか、彼女は予想がついていた。

 議会で発言した時から覚悟はしていた。

 会ってみたかったのだ、反乱分子を処分しようとしている者を。

 上手く説得して、仲間に出来れば仲間にしようと考えていた。

 彼女を処分したと偽装する方法はあるのだから。

 失敗した時はそれまで。


 オスカー・ファルクは街中でユディ・ウォルターを見つけた。

 ゆっくりと彼女を追いかける。

 初めて会うはずなのに、初めてじゃない。

 妙な感覚だった。

 何故そんな気がするのかわからなかった。

 ただ言われるがまま、彼女を追いかける。

 その先に何があるんだろう?

 このまま命令に従って、そしてその先に?

 俺は何をしているのだろう?

 何の為に歩いているのだろう?

 ふと何か思うことがある。

 でも何も考えない。

 考えることは無意味で非効率なことだ。

 命令に従ってただ動けばいい。


 ユディは街を抜けて、トンネルに入った。その先に、外の世界とこの帝国をつなぐ巨大な鉄の扉がある。

 誰もそこまで行くことはないから、彼を待ち受けるには格好の場所だと思った。

 彼女を追って兵士もやって来る。

 カツカツと兵士のブーツの音が古びたコンクリートの壁に反響する。

 ユディは扉の前に立った。

 兵士は迷いなく銃口をユディに向けた。

 そして、トリガーに指をかけた。

 ユディは兵士の顔を見た。

「あっ。」

 彼女は声を上げた。

「貴方、3年前に私のことを救ってくれた人ですね?」

 ユディはそれこそ忘れたことがなかった。

 クーデターが起こったその日の夜。燃え盛る場所から彼女を救い出したのはそこにいた兵士だったのだから。

「覚えていませんか?」

 ユディは言った。

 兵士は想定外の質問に戸惑った。

 3年前?

 そんな前のこと、覚えている方が非効率だ。

 兵士は一歩前に出た。

 そして銃を構え直すと、彼女の頭を狙った。

「人は死ぬって教えてくれた、貴方だったんです。そこにいたお母様が動かなくなって、私も打たれそうになった時に、貴方は身を挺して私のことを守ってくれた。本当に覚えていませんか?」

 オスカーはその時のことを明確に覚えていた。数多くの将校達を殺したことも、そして彼女を救い出したことも。

 でも、覚えていたって何もない。非効率なだけだ。答えることもない…。

 兵士の動きが鈍っていた。

 ユディは見逃さなかった。

「本当は覚えている、そういうことでしょう?」

 早くこいつを処分しなければ。

 兵士はトリガーを引こうとする。

 でも決心がつかない、のか。

 自分が救った命だから?

 簡単に人は死ぬってわかっているから?

「貴方、名前は?」

 ユディにとってこれは決死の賭けだった。

 自分の生死がかかっている。

 そして彼女にとって都合が良かったのは、目の前の兵士がかつて彼女を助けたということ。それがなければ、話かけることすら出来なかったかもしれない。

「…オスカー・ファルク。」

 兵士は呟くように言った。

「貴方の階級がわからないから、申し訳ないけど、さん付けで呼ぶことに…」

「階級は少尉です。」

 オスカーは早く終わらせようとしていた。

「もういいでしょう、ユディ・ウォルター嬢。貴方は禁忌を犯した。だから処分されるんです。」

「ええ、わかっている。」

 凛とした口調でユディは答えた。

「でも、私の理念は間違っていないと自負しています。そして、世界が少しでも良くなることを信じています。」

「この世界が完璧だと、私はそう思っています。」

「思う?本心は?オスカー・ファルク少尉。」

「?」

「貴方は嘘をついている。思ってもいないことを言っている。」

 ユディには根拠があった。

「貴方が私に死をいうことを教えた時、貴方は自分のことを「俺」って言っていた。今は「私」。俺と言っていた時は本心で言っていたと思った。今は何も響かない。貴方は本当はそうは思っていないってこと。」

「決めつけですか?」

「私がそう思っただけ。少尉。」

 オスカーは戸惑っていた。

 処分するしかないのに。

「少尉。私たちの仲間にならない?」

 ユディは言った。

「私を消す方法は別にある。それを実行すれば今貴方が私を処分する必要は無くなる。」

 彼女を早く処分しなければ。

 早く…。

「それでいいの?ガブリエル!」

 不意にオスカーの脳内に誰かが囁いた。

 いつものナノシステムを使った通信ではない。誰かが直接脳内に語りかけるような感覚だった。

 オスカーは目線を扉の方へ向けた。

 この場所には誰もいないはず。

 扉は鈍く光って、ユディとオスカーが写っていた。

 でも、他に誰かがいる?

 そんな気がした。

「ガブリエル、君がそんなことをする必要はないのに。なんで?」

 声はずっと聞こえてくる。

 オスカーの異変にユディは気づいていた。

「少尉?」

 怪訝な顔でオスカーを見た。

「父親のことを思い出せば、君は…。」

 オスカーは頭を抱えた。

「やめろ、その名前を使うな。俺はオスカー・ファルクだ。」

「少尉?誰と話をしているの?」

「二人で来てよ、外の世界に!」

 急にユディの頭の中で誰かが言った。

 そして、腕を掴まれた。

「え?」

 刹那、二人はその場所から消えた。


「ウォルター議員、貴方はこの事態を理解していますか?」

 明らかにアラン・ディランジュはイライラしていた。冷静をなんとか保とうとしていたのが見え見えだった。

「この事態?」

 ラファエロは突然自宅に入り込んできたアランと兵士達に対して快くは思っていなかった。

「貴方の娘の話です。」

「ああ。」

 ラファエロは呑気に答えた。

 その態度が余計にアランをイラつかせた。

「ユディ嬢が本日の議会で恐ろしい発言をしましたね?」

「ああ、噂は聞いている。私の代わりに議会で出てもらったところで、娘があんなことを言い出すなんてね。」

「貴方が代わりに出席させ、発言を許可した。」

「娘の社会勉強だと思って許可しただけだよ。」

 ラファエロは飄々と答える。

「ユディ嬢の考えについて、貴方も同じ考えですか?」

「どういう意味だ?」

「だからユディ・ウォルター嬢が全国民の思考を許可するべきだと言ったことです。」

 アランはラファエロをジロジロと見回す。

 頬が痩け、顔は悪くないが、痩せているせいで実際の年齢よりも老けて見える。

「いや。私には娘のような意見はないよ。いつものように機械皇帝の指示を聞くまでだ。」

 アランはジッとラファエロを見た。

 ラファエロもまたアランをジッと見つめていた。

「では貴方はユディ嬢の蛮行に関与していないというのですね?それで娘を失ったとしても、何も文句はありませんね?」

 ラファエロは黙って、そして微笑んでいた。

 アランはイライラした「

「ウォルター議員。貴方は3年前のクーデターで妻を亡くしていますね?」

「だから?」

「ユディ嬢がいるから、再婚はしないと議会と皇帝の決定を拒否していましたね。でも、この先ユディ嬢がいなくなったら、貴方の跡取りはどうするおつもりですか?」

 ラファエロはゆっくりと口を開けた。

「そうなった時は機械皇帝の指示に従うまで、だ。」

 アランは思った。

 目の前の男は従順な態度を見せている。つまり娘だけがおかしいというのか。

「きっと娘は弟に感化されたんだね。私は何もわからないし、何もしていない。」

 アランはハッとした。

 やはり全てはあいつの所為だ。

「わかりました。この先ユディ嬢に何が起こっても貴方は無関係ということで良いですね?」

 ラファエロは再び黙った。

 その態度がアランは気に入らなかった。

「良いですね!」

 アランは声を荒げて、部屋から出ていった。 

 ラファエロは大きくため息をついた。

 そして、窓の外を覗き、彼と兵士達がいなくなったのを確認した。

 そうしてから、自室に置いてある机の引き出しを開けた。

 ユディから預かった手帳が置いてあった。

「君にこれを託すよ。僕が理解できたのは機械皇帝本体から人のデータを消すことだけだ。これ以上の何かは僕にはわからなかった。」

 クローゼットの中に潜んでいたイオはノソノソと出てきた。

 イオは恐る恐る古びた手帳を受け取った。

 中を開けると、色々なことが書いてあった。

 そして機械皇帝に関することも。

「この情報を元に僕は何をすれば?」

「君のやりたいことをやればいい。幸いにして、議員達は直接機械皇帝にアクセス出来るアクセス権を持っていてね。その手帳に書かれてあった裏技を使えば、非支配者層の人々のデータを簡単に消せるんだよ。だから、この家でその裏技を使って、君に会いにいった。」

「議員はなぜ世界を革命しようと思ったのですか?」

 ラファエロは微笑んだ。

「僕はね、弟のように自由に生きてみたくなったんだ。何もかも全てが機械が決めていくこの世界になんか少し嫌気がさしてね。弟は失踪前にこの手帳を娘に託したんだ。娘がカレッジを卒業する頃を見越していたのかもしれない。レオナルドは全てを見通していたんだよ。きっと僕と君との出会いもね。」

「レオナルド・ウォルターって、クーデターの黒幕って言われてて。」

「そうさ。全てはあいつの所為だ。議会はあいつを捕まえることに躍起になるだろうね。それでいいんだ。君が消えたことを誰も気にはしていないのだから。」

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