第2話

 ラファエロ・ウォルターはフラフラと歩く若い男を見かけた。

 もうすぐ就寝の時間、こんな時間に人が出歩いているなんて、珍しい。

 声をかけてみようと思った。

「君、こんな時間に何をしているの?」

 イオはハッとした。

 脳内のナノシステムがこの人は帝国議会議員、ラファエロ・ウォルター議員だと教えてくれた。

「えっと、僕は帰るところですけど。」

「こんな時間まで何をしていたの?」

 ニコニコと笑顔でラファエロは近づいてくる。

 自分とは身分の違う存在にイオは緊張した。

 なんでここに議員がいるんだ?

 ひょろりとした痩せ型の体型のラファエロは、何かを警戒するように歩いていたエンジニアの服を着ていたイオに興味を持った。

「君、名前は?」

「あ、イオ・ハーネットです。」

「イオ、君はエンジニアだね?」

 イオは頷いた。

「なんでエンジニアが一人でこんな時間に出歩いているんだい?仕事の定時は随分前だろう?」

 イオはなんて答えようか迷った。

 今日の出来事は出来れば誰にも言いたくなかった。

 たとえ思考が許可されている支配者層の人間であっても。

 それが目の前にいても。

「仕事が終わらなくって。それで遅くなったんです。」

「へぇ…。」

 ラファエロはジッとイオを見た。

 やっと見つけた。

 ラファエロは直感的に思った。

「突然だけど、イオ、僕の仕事を手伝ってくれないか?」

 唐突にラファエロは言った。

「え?」

「エンジニアを探しててね。帝国では人々の仕事は議会と機械皇帝が決めるから、君はずっとパレスで仕事をしてきたんだろう?それとは別に、秘密の仕事を引き受けてくれないか?」

「ひ、秘密の仕事?」

 ラファエロは微笑んだ。

「僕は、世界を革命しようと思っていてね。丁度エンジニアを探していたんだ。手を貸してくれるかい?」

 ラファエロは手を差し伸べた。

 イオはどうしていいのかわからなかった。

 でも、この手を掴んだら、何かが変わる気がした。

 恐る恐るラファエロの手を掴んだ。

 ラファエロは微笑んだ。

「交渉成立。よろしく頼むよ、イオ。」


 翌日。

 イオは変わらずにいつもの職場に向かった。

 何事もなかったかのように、仕事をこなそうとしていた。

 自分のブースについた時、誰かに腕を掴まれた。

 ハッとイオは顔を上げた。

 そこにいたのは帝国兵士。

「イオ・ハーネットですね。」

「えっと…はい…。」

 てっきり上司に怒られると思っていたのに、いきなりの帝国兵士。

 背の高い帝国兵士はイオを見下ろしていた。

「昨日、皇帝のシステムに不正にアクセスしましたね?」

 不正と言われてなんだかカチンときた。

「不正?皇帝のプログラムに微かな異常があったから対処しただけです、ちょっと手順は違ったけど…。」

「ええ。それは問題なかったようですよ。手順は違ったみたいですけど。」

 表情を変えずに兵士は淡々と言った。

「対処には問題なかった。でも問題は何故貴方がそれを出来たか、です。」

 禁忌を破った。

 イオは青ざめた。

 カチッと金属の音がした。

 イオは音のした方を見た。

 イオの両手に手錠が掛けられていた。

「え?」

 兵士は無表情でイオを見ていた。

「不正アクセスの疑いで連行します。」

「ちょっと待ってください!」

 イオは叫ぶも兵士はイオの肩を掴み、部屋から連れ出そうとする。

 抵抗しようにもエンジニアのイオでは到底兵士に敵うわけもなく、なすすべなく、部屋から連れ出された。

 そして、袋を被らされ目隠しをされると、パレスの中を歩き回らされた。

 どれだけ歩いたかもわからない。

 きっと場所を特定されないようにわざと遠回りさせられていた。

「ついたぞ。」

 袋を外されると、イオの目の前に、アラン・デュランジュ首相が立っていた。

「やあ、初めまして。イオ・ハーネット君。」

 笑顔でアランは挨拶した。

「昨日の夜は大変だったね。」

 すっとアランはイオの顎を掴んだ。

「あんな異常、誰もが見逃すと思っていたのに、君だけが気がついた。そして、君が解決した。そうだね?」

 イオはハイと言おうとしたが、声が上擦ってちゃんと声が出なかった。

「あれはね、3年前にクーデターを起こした奴らが皇帝に仕組んだものでね。我々は敢えてバグを放置していたんだ。」

「だから、通常手順での削除が出来なかった…。」

「ああ。だから、誰かが何かをするのを待っていた。そうしたら、君があっさりと直してしまった。」

 アランはジッとイオを見た。

 普通のエンジニア。そうなるように【設計】したはずだ。

「君のしたことは勇敢で、皇帝のシステムに何も問題はない。さて、そのシステムコードはどうやって知ったんだい?」

 アランの目がギョロリを動く。

 まるで、人形のようだった。

 イオはゴクリと唾を飲んだ。

「咄嗟のことでよく覚えていなくて…。でも、あれは僕が…。」

 これ以上答えたらきっと禁忌に触れてしまう。

 でも正直に話すべきなのか?

 どうすればいいのか、イオは混乱した。

 いつもなら、機械皇帝が何をするべきか答えてくれるのに、今日は何も教えてくれない。

「どうした?何か反論でも?」

 アランはイオが何か言いたそうにしていた姿を見ていた。

「あれは…、マニュアル通りに従って、対処しただけです。」

「本当に?」

「本当です。」

 難しいコードを使ったわけじゃない。あれは教科書レベルの内容だ。僕が作ったなんてきっとバレることはない…。

「あれは誰かが創作しないと出来ないコードだと思うんだけど。」

 アランは言った。

 ダメか…。

「本当に君がマニュアル通りに作った、そう言い切れるの?」

 ここで謝って認めればいい。

 でも…。

 脳裏にラファエロの姿が浮かんだ。

 あの人は世界を革命するって言っていた。

 もしかして、あのバグを仕組んだのはあの人なのかもしれない。

 あの人は一体何を企んでいるのだろう?

「あれは僕が作った簡単なプログラムを打ち込んだだけです。それ以上何もないです。」

 アランは舐め回すようにイオを見た。

 嘘をついているようには見えない。

 問題はあのプログラムを誰が作ったか、だ。

「つまり君は禁忌を破ってプログラムを作った、ということだね?」

 イオは嫌な汗をかいていた。

 アランの言葉に頷くしかなかった。

「本当に?誰かから受け取ったものじゃない?」

 イオは頷いた。

「あれは僕が書いたものです。教科書レベルの簡単なものですし、ナノシステムでフォローしてもらいましたし…。」

 確かにナノシステムに履歴は残っていた。

 それは嘘じゃない。

 あいつが関係しているわけじゃないのか。

「わかった。ただ手順を破ったこと、禁忌を犯したことは問題だ。君の処遇は追って伝える。オスカー、彼を留置しておいてくれ。」

 ドアの近くにいた背の高い兵士は頷いた。

 スタスタとイオに近づくとイオの手錠を掴んだ。

 イオは兵士の顔を初めてちゃんと見た。

 整っていて、そして憂いのある顔つきだと思った。

「行くぞ。」

 そっけなく兵士、オスカー・ファルクは言った。

 イオは言われるがまま、オスカーについて行った。

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