第2話、(スポンサーのご厚意により、寿命を15分延長いたします)



***


### 第二話「親族一同緊急ミーティング、ときどき親友」

**(スポンサーのご厚意により、15分延長いたします)**


あの阿鼻叫喚の茶番劇から、およそ一時間後。

俺は葬儀場の親族控室で、渡された熱いお茶をすすっていた。目の前には、白目を剥いて倒れた母さんのために手配された救急隊員が、シュコシュコと血圧を測っている。


スーツ姿の葬儀会社社員が汗を拭きながら説明してくれた。どうやら俺は「社会的に」生き返ったらしい。


「隆、悪いけど隣の部屋で休んでてくれ。健太くん、悪いけど隆についててやって」

姉さんにそう言われ、俺は親友の健太に肩を抱えられるようにして、隣の和室へ移動した。布団に横たわると、どっと疲れが押し寄せる。


「マジで心臓止まるかと思ったぞ、お前…」

健太が呆れたように言う。「まあ、でもよかったじゃねえか。生き返って」

「ああ…」

俺は力なく頷いた。健太がいるだけで、少しだけ心強い。


「あ、俺、飲み物買ってくるわ。なんかいるか?」

「いや、いい…」

健太が部屋を出て行った。静寂が戻り、俺は目を閉じる。しかし、隣の親族控室から漏れ聞こえてくる声に、耳がそばだってしまった。


「…で、香典はどうするんだ?返すのか?」

「それより問題は隆のことだろう。あんな衆人環視で盛大にフラれて…今後の人生、まともに歩んでいけるのかしら…」


叔父や叔母の心配そうな声。そこまでは、まだ良かった。


親父がぽつりと呟いた。

「いっそ、あのまま…」

その言葉を継いだのは、叔父だった。


「せやな。正直なところ……**やっぱあいつ、死んだほうがよかったんとちゃうか?**」


……は?

俺は耳を疑った。今、この襖一枚隔てた向こうで、俺の親族は何を言っている?


「そうよねぇ…。あんな生き地獄を味わうくらいなら、皆に惜しまれて眠る方が幸せだったかもしれないわ」

母さんまで同調している。

「費用対効果で見ても、完全にマイナスやな」


費用対効果!?俺の命を!?

俺が愕然としていると、廊下から健太の声が聞こえてきた。どうやら飲み物を買い終え、親族控室の前を通りかかったらしい。


「あ、健太くん、ちょうどよかった」と姉さんの声。「あなたからも、何か言ってやってちょうだい。私たち、隆のためを思って…」


まずい。健太まで、この狂気の議論に巻き込まれる。

だが、健太は唯一無二の親友だ。きっと「何言ってるんですか!」と、この狂った空気を正してくれるはずだ。俺は固唾を飲んで、健太の言葉を待った。


「え、死んだほうがよかった、ですか…?いやいや、そりゃないでしょ…」

そうだ、健太!言ってやれ!


「…とは思いますけど…」

健太が言葉を濁す。


「けど?」と叔父が促す。


「…まあ、たしかにアイツの人生のハイライトって、今日の俺の弔辞と、佐藤さんの涙だった気はしますよね。あそこがピークだったというか…。生き返っちゃったことで、伝説のエピソードがただの『壮大な勘違い』になっちゃいましたし…。ある意味、**一番いいところで最終回を迎えられなかったドラマ**、みたいな?」


健太ァァァァァァッ!!

お前、どっちの味方だ!なんだその絶妙に核心を突いた、うまい例えは!


「そう!そうなのよ、健太くん!」

「わかってるじゃないか!」

親族たちは、健太の言葉で勢いづいた。まずい、まずいぞこの流れは。


その時だった。

控室に残っていた、あの張本人の声がした。


「あの…」

佐藤さんだ。彼女だけは、彼女だけはまだ常識人でいてくれ…!


「叔父さんや健太さんのおっしゃる通り……**ホンマやわ、そうですねぇ**」


出た!ネイティブ関西弁!


「あんな形で生き返ってこられたら、こっちの気持ちの整理もつきませんし…。あのままやったら、『彼に想いを伝えられなかった、悲しい恋物語』として、自分の中で綺麗に完おわ…」


「完結してたのに、正直迷惑、ってことですよね?」


佐藤さんの言葉を、健太が先回りして要約した。グッジョブじゃねえよ!


「健太くん、話が早いわ!」

「佐藤さんも正直でよろしい!」

叔父と叔母が手を打って喜んでいる。親族、嘘泣き女、そして親友。俺を死なせたい包囲網が、完璧に完成してしまった。


俺は静かに布団から起き上がった。

そして、廊下で「いやー、でも生きててよかったですよ、もちろん!ははは…」と、今さら空虚なフォローを入れている健太の背後に、仁王立ちになった。


健太が、俺の殺気に気づいてゆっくりと振り返る。

その顔は、まるでホラー映画の主人公のように引きつっていた。


「よお、健太。一番いいところで最終回を迎えられなかったドラマの、**延長戦**の時間だ」


俺は、最高の笑顔で親友の肩を掴んだ。

健太の「ひぃっ」という短い悲鳴が、廊下に響き渡った。永遠の安眠は、もうどうでもよくなっていた。

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