第3話「俺の命『シーズン2』



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### 第三話「続編の脚本家は、親友、お前だ」


「延長戦だ。地獄の延長戦のキックオフだ」


俺の、アスファルトを爪で引っ掻くような声に、親友・健太の顔面から急速に血の気が引いていく。彼は俺に掴まれた肩を震わせながら、必死の言い訳を口にした。


「ま、待て隆!これは違う!俺はあのモンスタークレーマー…じゃなくて、ご親族の皆さんを鎮めるため、一度話を合わせただけだ!いわば『戦略的同調』!社会人必須の高等コミュニケーションテクニックでだな…!」

「へえ、そうか。じゃあその高等テクニックとやらで、今から俺の『生存戦略』について、あの人たちに緊急プレゼンしてくれよ。パワポのスライドは、お前のその青い顔で代用だ」


俺は健太の背中を捕獲し、親族控室の襖を歌舞伎役者のごとくスパァァン!と開け放った。


そこでは「第一回・故 田中隆の思い出を汚さないための緊急対策会議」が白熱の極みに達していた。突然の闖入者に、円陣を組んでいた親族一同と、なぜかセンターに座る佐藤さんが、バグったからくり人形のようにギギギ…とこちらを振り向く。


「た、隆…!いつからそこに…」

「議題『甦生(そせい)に伴うコストとリターンについて』のあたりからずっとだ!」


俺の返答に、親族たちの顔面が集合住宅のブレーカーが一斉に落ちたかのように暗転する。

叔父が無理やり咳払いを一つし、この場を取り繕おうとした。


「こ、これはだな、隆。一種の追悼パフォーマンスアートというか…お前の人生をシミュレーションすることで、その偉大さを再確認するという、斬新なグリーフケアで…」

「結構です。俺の人生シミュレーションの最終結果が『死亡』なんて、たまったもんじゃないんでね」


俺は一同を睥睨し、隣で石化している健太の肩をバン!と叩いた。


「皆様ご静聴ください!ただ今より、俺の親友にして、俺の人生という物語の熱狂的ファンである健太が!『俺が生きるべき100の理由』について、情熱的なプレゼンテーションを披露いたします!なあ、健太!」

「無茶言うな!俺の持ちネタはさっきの弔辞で全部使い切ったんだよ!」

健太が蚊の鳴くような声で抵抗するが、俺は聞く耳を持たない。


「なんだよ。俺の人生のピークが、お前の弔辞だったんだろ?だったら、これから始まる延長戦…いや、『シーズン2』が、伝説のシーズン1を超える傑作になるって証明してくれよ!脚本家兼、主演男優の親友として!」

「お前、さっきの弔辞を根に持ちすぎだろ!」


俺たちの即興漫才を、親族たちは思考停止した顔で見ている。

その中で唯一、佐藤さんだけがスッと立ち上がった。彼女は俺の目をまっすぐに見つめ、悲劇のヒロインが乗り移ったかのような表情で、しかし芯の通った声で言った。


「田中くん…。思い出という名の宝石箱は、そっと蓋をしておくのが美しいのです。蛇足の続編は、いつだって駄作と相場が決まっているわ…」

「アンタは黙ってろ!俺の人生を勝手にFilmarksで星1つ付けてんじゃねえ!」


一度目は、安眠妨害。

二度目は、「死んだほうがマシ」会議。

そして三度目は、親友の裏切りと、元カノ候補による人生の駄作認定。


**仏の顔も三度までって言うより、俺の忍耐力が単三電池一本分しかねえんだよ、お前らァァァァッ!!**


「いい加減にしろッ!!」


俺の絶叫が、静まり返った葬儀場に木霊した。


「アンタらの美学だの感傷だの費用対効果だの!そんなもんのために、なんで俺が死ななきゃならねえんだ!俺の人生は、お前らの感動ポルノ鑑賞会のおつまみじゃねえんだぞ!」


俺は健太の腕をガシッと掴み、高らかに宣言した。


「こうなったら意地だ!この男を軍師兼プロデューサーに迎え、俺は生きる!生きて、生き抜いてやる!『シーズン2の方が面白かった』って、お前ら全員に言わせてやるからな!」

「俺の役職が軍師じゃなくて財布兼サンドバッグのそれなんだが!?」

健太の悲鳴が聞こえる。知るか。お前も共犯だ。


俺は最後に、佐藤さんをまっすぐに見据えた。

「アンタの綺麗な思い出なんか、俺がこれから生きていく泥臭い現実で、上書きしてぐっちゃぐちゃにしてやる!アンタが『ああ、あの時、告白OKしとけば億ションに住めたのに』って後悔するくらい、最高の男になってやるからな!覚えとけ!」


ハァ、ハァ…と肩で息をする俺。

親族たちは、俺と健太の地獄の二人羽織と、壮大な逆ギレからの成り上がり宣言に完全に度肝を抜かれ、誰一人として声を発することができない。


静寂を破ったのは、廊下の向こうから歩いてきた葬儀会社のスタッフだった。

彼はこの煮詰まった空気感を完全に無視し、一枚の紙をヒラヒラさせながら、爽やかな営業スマイルで言った。


「田中様、お話の途中大変恐縮です。とりあえず、今回発生いたしました葬儀費用ですが…」


請求書だ。

俺はそれをひったくると、一番近くにいた健太の胸に叩きつけた。


「俺たちの『シーズン2』の制作費だ!クラウドファンディングだと思えッ!」

「出資者、俺一人かよッ!!」


健太のツッコミは、またしても気を利かせた(のか?)坊さんが再々開した読経の重低音によって、ありがたくも虚しくかき消されていくのであった。

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