第3話ありふれた一歩

朝食をとった後、二人は身支度をしていた。朝日はまだ上りきっておらず、まだ若干の暗さがあった。


「じゃあ行きますか」


「はい、今日もお願いします」


 2人は歩こうとしたが、魔物が向かってくるのに身体は気付きすぐにハルを結界のなかにいれた。距離はかなり遠かったが、遠いうちに倒しておいたほうがいいだろうと判断した。


「気をつけてくださいね」

「もちろんです」


 朝食を一緒につくり、一緒に食べてからなんだか昨日よりもラフな感じな会話の雰囲気になっていた。


「気持ち悪いなー」


 魔物を見て出た一言目がそれだった。気持ち悪くってでかい魔物は本当はめちゃくちゃ怖いが、この身体ならもう怖くはなかった。なぜなら


「ふふーん」


 この体は強かった。鼻歌を歌いながら殴る余裕があった。ついでに言うと魔物はドォン!!と吹っ飛び倒されていた。


(つえーおれ)


 今朝の出来事で珍しく上機嫌なのもあってかなり調子に乗っているところだった。


(まあまだ魔法は使えないけど、どうせ使えるだろいつか)


 そうして少し離れたところで結界を張っているハルのところに向かった。するとポツポツと雨が降ってきた。


(雨?)

「え?」


 ヴゥン!!!とした衝撃で腹あたりを奇襲してきたゼノスの槍によって吹き飛ばされてしまった。


「あああ!ッ!!」


 初めて味わう痛さだった。殴られたことはある、でもそんなのは比にならないほどの痛さだった。


「?!?!?!」


 攻撃されたであろう場所を手で探る。幸い血は出てはいなかった。


「はあはあ」


 いつもの呼吸ができず、呼吸が自然と荒くなる。呼吸がこんなにも難しいなんて感じたことは今の今までなかった。


「どうした?英雄。それとも本当に記憶を無くしたのか」


 声が聞こえたと同時に目と鼻の先に現れた。だが、顔はまだ上がらず足元だけが視界に入ってくる。


「ぁッ!!!」


 怖い。そんなことしか感じられない。この体は強いだから今の瞬間まで本当の恐怖なんて感じてこなかった。だが今は違う、目の前にいる奴も強者なのだ。


「ッ!」


 恐怖で体が上手いこと動かない。そのためゆっくりと顔を上げた。


「なんだ英雄、その顔は?」


「はぁはぁ」


 唾を飲み込むことしかできない。そのくせして一番重要な思考が回ってはくれない。


「まあいい、反撃がないということは!」


 ゼノスが掲げた槍が避雷針のように空から雷が落ちる。その雷を纏った槍を真っ直ぐ、だけど稲妻を描くように自分めがけて襲ってきた。


 死ぬ。


「あ、」


 今にも吐き出しそうなひどいつらだった。今度は本当に死ぬ。もう一度はない。死ぬ時の合図、走馬灯が脳内を巡った。嫌なことに今度もまた現世の時と同じ映像が流れた。


 だけど一つだけ前とは違う記憶が一番濃くしっかりと覚えているものだった。


「しに」


 死にたくないと言葉に出そうになるが出なかった。そして代わりに魔法を出そうとしたときのようにまた知らない記憶が流れてくる。この英雄の記憶だった。


 すると誰かに操られかのように体が無意識に動いていく、そして腰にある剣を素早く抜刀したゼノスの一撃を綺麗に流した。「……」ゼノスは焦らず徹底的に刺し続けた。刺しては流され、反撃をされる。


 二人の撃ち合いは目で追えないほどの速さで、一息つくことさえも許されない空間だった。


 一旦落ち着くためゼノスは一度後ろにシュン!と下がった。そして自分に当てられた斬撃の後を手で触りその感触を味わった。


(やはり演技だったか…。つまりは何か他にデメリットがあるということか)


 ゼノスは覚悟をもう一度決めた。それもそのばずだ、撃ち合えたように見えた攻防は、蓋を開けてみればダメージを受けていたのはゼノスただ1人だった。


「英雄よ!我はゼノス!いくぞ!」


 奇襲ではなく、今度は一騎打ちのため名をあげた。

これこそがこの世界の騎士道だからだ。


「なに?!」


 ゼノスが槍を構えた時にはすでに主人公は逃げ出していた。


(敵に背を?!カウンター狙いか!?)


 実際には本当に逃げているだけだ!


(なんなんだ今の!体が勝手に!)


 こんな目が回るほどの展開に困惑しながらも必死に走った。幸い全力で走ると敵はすぐさま遠くに見えていた。


(アイツ!なんなんだ!英雄って!?クソ早く逃げないと)


 はぁはぁと、汗をかきながら文字通り命懸けで走り続ける。


「!!」


 背後で竜巻が起こりとてつもなくでかく壁のような竜巻が出来上がっていた。絶望するには十分なくらいだ。


「まさか!?」


 まさかアイツが!と言いかけようとしたら雷が矢のように無数に飛んできた。


「あっーーー」


 情けない声と一緒に逃げ続ける。


(先の撃ち合いで演技だとはバレているのだぞ、英雄。

なぜまだそのようなことをする?。)


「ふん!」


 風を蹴り一気に距離を詰め、槍を薙ぎ払った。


「ッ!はーっ」


 それを間一髪でよけた。どれだけ中身が弱くてもこの体は英雄のもの。目で追うことはできる、体も避けることしか考えていないため避けれる。


「どうした!お前は英雄だ!いつまでその気色の悪い演技を続ける」


 避けられたことで攻撃を一時止めてゼノスは問いかけることにした。戦う覚悟をそして死ぬ覚悟を持ったゼノスが少しでも情報をグラスに与えるためだった。


 その少しのクールタイムで主人公も深呼吸することができた。まだ汗が出るし体は震えに震えてはいるし思考を回すこもできない。


「さきの剣技!間違いなく貴様のものだった!記憶喪失などというくだらん偽りはやめるのだ!」


(さあ貴様の口で言うのだ!それで確定する)


 戦うなんて一切考えていなかった。


「答えろ!貴様は英雄シバンだな!」


(認めたと同時にその心臓を貫いてみせよう。今の貴様の力がどれだけか、グロス様にできるだけ見せてやる)


 覚悟を心で決めたはずのゼノスの手はモールス信号でも伝えるのかってぐらい小刻みに震えていた。


(シバン!?どいう、いやこの身体の名前か?!いやそれよりも早く逃げないと、)


(なぜそんなに悩む、力がないのか……、しっかり考えろゼノス。未だ怖いのかこの英雄に立ち向かうのが。記憶喪失ではない、すぐに殺しにこない、ならば殺せばいい。さすればこいつは自然と先のように戦うだろう、弱いならば殺せば良い)


 ブゥン!!と雷を纏った槍を顔に突き刺してきた。

なんとか反応して避けた。が尻餅をついてしまった。


「待って!俺は英雄なんかじゃない!!」

「だから!!」


「フン!!」


 そんものは関係なかった。


「英雄ではない?!ならば先の剣技はどう説明する」


「知らない!体が勝手に!」


 スン!!ドン!バリィ!とゼノスは連続で攻撃を繰り返した。その全てをなんとか避け続け逃げた。


(クソクソ!戦うしかないのか?!けどさっきのはほんとうに勝手に動いただけで、戦えるはずない)


(身体能力は変わらずか…ここまで我の攻撃を避けるのは貴様ぐらいだ)


 本当になんとか逃げ続ける。この体のスピードがここまでなかったらとっくに死んでいたかもしれない。


 だがゼノスの速さを持ってすれば英雄シバンの身体の速さにもついて行くことはできた。


(魔法も使えないのに!どうやって!いやだ!)


 一か八かで攻撃に当たらないようにクネクネと森の中を走りながら後ろに手を翳した。


「水よ!!」


 裏返った声でそう唱えた。


 現実は残酷なものだ。どれだけ目を背けようとどれだけ逃げようとしてもどこまでも追ってくる。魔法は出なかった。


(あっー!)


 目には涙がうるうると浮かび上がっていた。


(今たしかに!魔法をつかおうとしたな!シバン!そして使えていなかったな!見えてきたぞ、これも演技の可能性は消せないが、貴様もしや魔法を使えないの か?!)


(クソクソクソクソ!なんで魔法が使えないんだよ!

ッ!)


(ならば!)


 可能性を一つ一つ消していくため殺しにかかる主人公はもう逃げるのは不可能だと判断し、いや判断させられた。


(無理だ、逃げられるわけが、もう戦うしか、、、そうさハハッ、この身体は最強なんだ、)


 殺されるかけているためか血がどこに行けばいいのか脳に助けを求めていた。走るのを止めて振り返りずっと手に持っていた剣を構えた。アニメの見よう見真似での構えだった。


「ぁ、あああああ!」


 もうどうなでもなれ、といった情けない声と共にゼノスに飛びかかり剣を適当にでも振り下ろした。速さだけは一級品だった。


「ッ!フン!」


 だけどそれだけ。ゼノスはすかさずカウンターで槍を突き刺した。ビュン!とその衝撃でかなりの距離を突き放してしまった。


「しまった!」


 ゼノスでさえも見つけるのが難しい程に飛ばしてしまった。英雄相手に殺すつもりの攻撃をしたが、槍は刺さらなかったからだ。


(痛い!!ッ!けど今の、うちに!)


 なんとか痛みに耐えながら逃げ出した。必死に逃げた。それ以外なにも考えていなかった。この距離ならやつでも一度は見失うはずだから。


(早く!)


 絶好のチャンスが降ってきたことにより、焦ってしまっていた。無我夢中で前だけをみて走っていたため

草むらの奥の崖に気づかなかった。


「!あ!」


 そのまま崖から下にある流れの強い川に落ちた。かなり深い谷のような場所にあった川だった。そのためすぐさま近くにやってきたゼノスでも見つけることは出来なかった。


「なんたる失態!」


 早く探さなければ。奴には何かがあるはずだ。早く殺さなければいけない。ゼノスの手は未だ震えていた。


(ヤツならば目を離した隙になにかをしてくるはずだ)


(やばい、泳げない、)


 川に流されながら溺れていた。川になんか入ったこともないしこんな流れの速い川ならなおのことだ。必死に腕と足を動かしてようやく川から上がることができた。


「っはぁーはぁっ」


 空っぽの肺のために精一杯息をすった。

「いっ」


 息を吸うたびにガラスでも吸い込んでるかのような痛みが全身を襲ってくる。


(早く逃げないと…。遠くに、)


 その痛みがより思考を逃げることに向かわせる。川の流れによってさらに遠くに来れた。今なら逃げることができる。


 一方ゼノスは高く飛び上がりあたりを探した。


(貴様がなにをしようと、貴様がどれだけ変わっていても、ゼノスは油断はせん)


 出てこいと言わんばかりの魔法を飛びながら発動した。もう一度さらに大きい竜巻を起こした。


 逃げなければ死ぬ。死ぬことは何よりも怖い。普通のことだ。普通の人ならそのはずだ。


(、逃げ、!あ、)


 必死だった。逃げること以外何も考えれなかった。


 なのに、ハルのことだけは思い出した。思い出してしまった。


「はぁはぁっはぁ」


(ハルは、あのままなら死ぬよな…)


 奴から逃げたとして、ハルは一人で生きれるはずがなかった。魔物の多い森で目も見えず足も動かせない

ハルは遠からず死ぬだろう。


(、知らない、早く逃げないと)


 頭が体に指示を勝手に送る前に首を振り払ってそれを停止させる。


 ハルとの関係は一日だけだ。


 たった一日、話しただけの相手のために命を張るなんてのは確かに美しくかっこいいものなのかもしれないが、そんなものは綺麗事で自分の価値を少し上げるだけのアクセサリーだ。


(ただ一日いただけだ)


 少しでも遠くに行くために川沿いを走り出した。


(死にたくない!あんな奴に勝てるはずないんだ!)


 なのに、遠くに行かないと行けないのに、なぜか足並みが揺らいで上手く走れない。逃げることは難しい。正義感がなくとも、罪悪感がでてくるのが大半であろう。


 普通なら強迫観念に動かされ、他人の圧力に動かされ、何かを期待して動いていく。


 だがそんなものは前の世界で克服している。だからこれはこの類のものではない。


 もっと違うものだ。もっと熱くてでも暖かいもの。


(もう都合のいいように使われてたまるか、うん。)


 何回も何回も経験した。頼まれて、拒めず、使われる。


(今回だって、都合のいいように使われていた。ほんとなにしてたんだ)


 走る。


(だから逃げよう!早く!)


 走る。


 今にも吐き出しそうな最低で最弱な顔で走る。


 逃げたいのに、ハルのことが頭から離れない。そしてハルの表情。嫌でも意識をしてしまう。ふらついた足がずっと何かに引っ張られる。


 ー死ぬのを待っているー


(今も、あんなふうに、……クソ考えるな!)


 吹っ切れるために無理矢理にでも全力で走ろうとした。しかしその行為はさらに自分をフラフラとさせた。ずっとずっと何かが引っかかっているのはわかってた。


 気づかないように、触れないようにしていた。なのに今はそんなことは無理だった。どんなに自分を納得させる意見を出そうと、過去の自分の失態を思い出しても消すことができない。


(クソ!なんで?!あのとき、断らなかったんだ…)


 吐きそうで泣きそうで悲しそうな顔。


(ほんとになんで…)


「あっ」


「………」


 足がからまってつまずきバランスを崩して川に入ってしまった。またあの速い流れに乗ることになった。


(…………………)


 だが今はさっきと違い、妙に冷静だった。


 水で頭が冷えたのか…。


 逃げようとしなかった。


 速いはずの流れはゆったりとした波のように感じ取れた。不思議な空間だった。


 頭のなかもゆらゆらとして、何も聞こえない。足も手も動かそうとはしない。息もできない。

 

 なのに、ハルのことは脳裏に浮かんできた。思考は回らず代わりに感情が出てきた。















 ………息ができない、死にたくない。


 このまま逃げたいって心底思ってる。だから別にハルが死んでもいい。一日だけの付き合いだし。


 それにどうせ今回も都合の良いように使われてただけだと思うし、うん。だからもういいわかってる、


 …なのに、ずっとずっと心に引っかかっているものがあるんだ。ハルと会ってから…。そう、今に始まったことじゃない。ずっと何かが心を掴んで離さずに引っかかってる。


 その何かがわからない……。


 わからないから、川の流れに身を任せるように脱力した。

 

 冷たい水が全身を凍らせに来ている。きっと今の自分は冷たい奴だろう。なのに、胸のところには熱い何かが必死に抗っていたのはわかった…。


 ……なんで俺、一緒にいたんだろう。ほんとは断れなかったわけじゃない、断るなんてこと今までいくらでもあった。死にそうだったからか?それで罪悪感が働いて…、いやこれは違うな。


 俺はあのとき罪悪感なんて感じていなかった。たとえ感じてたとしてもそんなもので動くなんてこと、もうするはずがない。


 まだ理由はわからず、ハルとの記憶を思い出す。こんなにも鮮明に覚えているのは、バカにされた時と名前を覚えられていなかったとき以来だった。


 ゆらゆらと自分が沈んでいくのがわかる。だけど抵抗はしなかった。ただの水の中なのに不思議な空間で妙に安心したからだ。


 わからない…。


 なんでこんなにも記憶に残ってるのに、心が暖かいんだろう?今まではいつもいつも痛かったのにさ。


 なんでだろう…。


 …ああ、そういえば今朝は話せていた。初めて人とあんなに話したんだな俺って。


 ……そう、はじめてだったんだ。

 

 だって俺、人と話すときはいつも疑ってた。騙されてるのかも、また都合の良いように使われているだけかもって、疑ってた。


 なのに、そんな考えはあの時はなかった……、


 なんでだろう……、いや、わかった、わかってたんだ本当は。


 …でも認めたら怖い。認めることが怖かった。自分はそうだったとしても相手は違うんじゃないかって、頼み事が済んだらさよならってなるんじゃないかって。この関係がその時限りのマヤカシなんだってわかるのが怖い。


 自分が向ける感情と相手が自分に向ける感情が違うってわかるのが怖い、……怖かったんだ、、。


 だって痛かったんだよ…無視されるのは、後で陰で馬鹿にされるのは、名前を覚えてもらえないのは、どんなにゴミみたいな奴らに言われたとしても痛かったんだ。


 それが自分が友達になりたいって思った人だったらもっともっと痛かった。


 もうあんなのは嫌なんだ、泣いてる自分なんて嫌いだ。


 だからもう騙されないようにって、友達なんかいらないって、なるべく話さないってずっと決めてたのに。


 頭ではわかってたのに、ハルとの記憶を思い出すと嫌でも気付かされてしまう。


 ………楽しい。ハルと話せて、一緒に料理して、楽しかったんだよ。たった少しの会話でも。ずっとずっと誰かと話したかったんだ。


 あんなふうに、笑って話したかったんだよ……。


 だから今まで、頑張って、話し方練習して、話題に入るためにいっぱい調べて、毎回反省会して、また話しかけて、でもできなくて馬鹿にされて。


 もう嫌だった。こんなのは。


 …だけど、俺はハルと話せて楽しかったんだ。


 目を開けてみると水の中からでも外の光がぼんやりと見えてきた。その景色はボンヤリとしているくせに水の中から見える水面は凄く綺麗だった。


 ああ、わかった……俺はハルに期待してたんだな。必死に誤魔化してはいたけど。ありがとう、あの言葉が違ったから。あの言葉が嬉しいって思った時から…。


 ハルは自分が生きるために話しているだけかもしれない。終わったらすぐに忘れられるかもしれない。


 ーそれでもー


「ゴホッゴホッ!」


 川の流れによって陸地に自然と上がっていた。


「ハァーーー」


 さっきまで息ができなかったぶん精一杯息を吸った。今度はどこも痛くはなかった。そしてようやく頭が働いてきた。


「くそ、いつからポエマーになったんだ俺は」


 そう、舌打ちにも取れるつぶやいた。さっきまでの不思議な感覚はもうなくなっていた。


 けど、もう認めてしまった。思考が感情に負けた。


ー誰だっけ?ー

ーありがとねー

ーじゃあよろしくー

ーアイツ誰だよー

ーバイバイー


 さっきまでの自分の言動と共にもう一つの記憶が甦る。今までだったらここで止まれた。


 だが、もう無理だ。


 今度はこっちをズルズルと引きずることになった。


 剣を強く握ることになった。


 それでもーーの後に続く言葉を言いたくなった。


 けどまだ自覚したくなかった。怖いから。


(別に違う)

 だから精一杯誤魔化した。そして高い崖を全力のジャンプで乗り越える。


(期待なんかしない)

 

 言動に反して体には力が入る。全力でハルの元に向かった。まだ日が上りきらず暗い中強い雨に打たれながら走る。


 勝てるはずがない。死ぬかもしれない。死ぬのなんて嫌なはず。もう一度はもうない。他人なんてどうでもいいはず。だから逃げたのに。


(信用なんてしない)


 もうどんなに誤魔化そうと、心で響く言葉。


 願ってるはずなのに、死ぬことより怖いと思ってしまう。


 もう、聞かないなんてことはできない、我慢なんかできない。それがわかってしまったから。


 次にハルと会ったらきっと聞いてしまうだろう。そのときのことを考えると死ぬことの怖さが薄れた。


(さっきのあの一瞬。あの時の感覚を思い出したら、いけるかもしれない。…勝ってやる)


 頭の中はぐちゃぐちゃだ。


いろんな記憶がある。

いろんな思考がある。

いろんな感情がある。


 今までの人生の経験からきた言葉よりも、ハルとの少しの記憶が強かった。


(俺はただ、あの時のありがとうの意味が知りたいだけだ)


ーハルを知りたい。知って友達になりたいー


 どんなに誤魔化しても心で響く。引きずりながらも、誤魔化しながらも、


 ありふれていて、ごく普通で、どこにでもあって、すぐに替えのきくことだけれど、


 そんな最初の一歩を踏み出していった。




「奴はどこだ、」


(なにか企んでいるのか?)

(それとも逃げたか?)


 ゼノスは何があっても警戒を止めることはしない。


(奴は魔法が使えない、そう仮定すれば正面からは来ないのは道理だ。ならば…スピード勝負で不意打ちか)


「なんと!」


 ゼノスが獲物を探しているとあちらから少し先にある高台に立ち現れた。

「なるほど、正面きってのスピード勝負か」


 やつはあそこからの抜刀を狙っている。そう考えた。だが違う。


 少しの間見つめ合っているだけだった。


「?待ち伏せか、ならば」


 向こうから近づかないならば遠距離攻撃をする。ゼノスは風雷の二つの魔法を使った。風の渦の中で雷が何度も轟く。この魔狼ならあの高台の半分は消せるのかもしれない。


「ハッ!」


 高台の半分はくずれおち、砂煙でいっぱいになった。ないはずの火山が少し噴火して火山灰を撒いている。


(また逃げたか、どこに行った)


攻撃は当たらず、そしめまた見失うことになった。


(ならば不意打ち狙いか、貴様が魔法を使ったとしてもそれは不可能よ)


 ゼノスは油断をしなかった。何度も考えを巡らし、すべてのパターンを考えた。


(さあどうくる)



(よし、やっぱり魔法は使いながらでも特にデメリットはないのか)


 森の中を走りながらやつの死角に隠れる。


(空に飛んでるってことは、近接を警戒してるのか。

まあそうだよな魔法は使えないしな)


(魔法を使ってもデメリットはない、魔力切れ的なものがあるかもわからない、クソ、ハルに聞いとけばよかった。)


 奴を視界に入れたまま木の影に隠れた。そしめよく見てみればここ付近にしか雨雲はないことに気がついてしまった。


(まさか!?この雨もアイツの魔法!)


(どうする、……一旦整理しよう。近接ならさっきの感覚でいけるかもしれないけど、降りてこない限り攻撃は難しい。ジャンプすれば届きそうだけど、さっきみたいにカウンターされるだけだ。そもそもさっきの竜巻みたいなので近づけない可能性だってある)


 初めてのまともな戦闘で頑張って考えてはみるが何も浮かばなかった。


(…………、うぅん。…とりあえずもうちょっと見るか)


 しばらく奴を観察することにした。なにかあるかはわからないが。一歩歩けば少しは景色も変わるだろう。


(奴の言動、俺を、いやこの身体が英雄であることに執着していた。記憶喪失、英雄、、もしかして、

アイツビビってるのか?)


 さっきまでの自分と奴の言動を重ねてみる。言っていることは全然違っても、似ていたのだ。怯えている姿が。


 なんとかその素振りを見せないようにしているようだが同じもの同士、何かがわかる。


(いやまだわからない。けどここしかない。これを利用して勝たないと、勝てない)


 自信はない。なんの根拠もない、ただの粗探しで見つけたことだから当然だ。


 だからしばらく考えた。なにかないかと。


(奴はたぶん賢い。こっちが考えることなんてほとんど、いや全部対処する。……だから俺でも攻撃できるぐらいの隙を作る。うん。これだ)


 ゴールは見えた。なら次はどうやってこのゴールに辿り着くか。隙をつくる方法。


 英雄、記憶喪失、魔法、執着、恐怖。

 

 ハッと考えが突っ込んできた。


(これしかない!これで行くしかない!)


ハルに会うために。

(一回しか使えないが、これで奴の地雷を爆発させてやる!)


迷いながらも、覚悟を決めた。

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