第10話 接近

「あの、大事な相談があるんだけど……。」


昼休み、薫に声を潜めながら話かける。


「うん?なになに?」


私に合わせるように、顔を近づけて小声で聞いてくる。


「実は、す……気になる人がいて……。」


好きだと言葉にするのが、どうにも気恥ずかしくなって、つい気になる人と言ってしまった。


「ああ、井上先輩?」


真剣な顔で聞いていた薫が、私の言葉に気を抜いて呆気からんと言った。


「ーーっ!?な、なんで……。」


突然、言い当てられたことに息を飲んでしまい、すぐに声が喉に詰まる。


「なんでって、それは毎日のように先輩、先輩って聞いてたからねえ。」


子供の成長を噛み締めるように頷く。

そんなに先輩の話をしていたのだろうか。

そんなつもりはなかったが、そう言われることにむず痒い気持ちになる。


「それで、相談したいことって?」


その言葉に相談する途中だったと思い出し、少し早まった鼓動を落ち着かせる。


「えっと、相手に意識してもらえるのはどうしたらいいのかなって……。」


探るように言う私の言葉に、薫が腕を組んで考え始める。


「う~ん、そもそも先輩がどんな人好きにをなるかだよね。」


言われて見ればそうだ。

もし、先輩の好みが私と違ったタイプだとしたらーーーそう思うと食器を落として割ったときのような、焦りと寒気が襲い来る。


「まあ、そんなに心配しなくても私の感覚だけど、彩は好かれていると思うよ。」


私よ不安を感じとったのか、慰めるように言う。


「そうかな……。」


そうだと嬉しいけど、自分ではわからない。不安の色が声にが滲む。


「うん、デートに誘われるぐらいだし、好かれてると思うけどな。本当のところは聞いてみないと分からないけど。」


デート、その言葉で先日のお出掛けを思い出して顔に熱がさした。


「それはっ!部活の一環だったってだけで、たまたまかもしれないし……。」


実際、部活のためだったし、楽しかったけど、先輩はどうだったのだろうかと思う。

私の自信なさげな言葉に薫は苦笑いしていた。


「まっ!うだうだと考えても仕方ないし、デートにでも誘ってみれば?

映画とか好きじゃん彩。」


簡単そうに言う姿に、やるせなさが出てくる。

それはそうなのだが、何というか結局のところ勇気が持てないだけなのだ。

励ましてほしかっただけだと気づき、薫の言葉に覚悟を決めて、やってみると力強く答える。


「当たって砕けよ!骨は拾ってあげるね。」


冗談っぽく明るく言いながら肩を叩かれた。

砕けたら駄目じゃない?と返しつつ、曖昧に笑うのだった。



部室で心の中で深呼吸をする。

よし、誘うぞと考えたフレーズを何度も頭の中でリピートする。


「先輩!……今週末は空いてますか?」


エアコンの送風音だけが聞こえていた部室に私の声が響いた。

なんとか、力んでいた声を落ち着けて予定を聞いてみる。


「うん?空いているが、何かあるのか?」


突然の大きな声にビクリとした先輩がそう答えた。

よかった、第一関門は突破した。後は映画に誘うだけ、映画に誘うだけ……。


「よかったら、映画を観に行きませんか?」


自然に言えただろうか、声が変になっていた気がする。

先輩の表情はあまり変わらない。


「ああ、良いな映画。

最近は映画館は行ってなかった気がするな。何の映画を観るんだ?」


喜色を含ませた声でそう言う先輩に安堵する。

だが、何の映画を観るのかを決めていなかった。

今、何の映画が上映されていただろうかと必死で記憶を探る。

冷や汗の中、何も思いつかなかったため、もう正直に言うことにした。


「えっと、何を観るかは決めてなかったです。」


申し訳なさから、言葉が尻すぼみになっていく。


「そうか、じゃあ今から決めるか。

面白そうなものがあるといいな。」


そう言って、スマホを取り出すしながら、仕方ない子供をみるように優しく笑う。

今はその気遣いが心苦しい。


「すみません。あっ、でもいつも先輩には貰ってばかりなので、何かお返しが出来ればなと思って……。」


日ごろから思っていたことを素直に言うと、先輩は目を見開いて驚いていた。


「そんな、貰ってばかりなのは俺のほうだ。

平野さんは文芸部に入ってくれたし、こうして俺の話相手をしてくれている。

それだけでもその……嬉しいんだ。」


照れたように言う言葉に、陽が射したように心が温まる。

よかった、私も先輩に何かしてあげれていたのだと思うと、自然と心が軽くなる。

でも、私のほうが先輩から貰ってばかりなのは間違いない。


「そんなことないです!私のほうが貰ってます。」


私の言葉に先輩も“いや、俺のほうが貰っている”と反論される。

同じように”いや私のほうが”と何度も言い合っていると自然とお互いに冷静になった。


「お互いさまってことで、何観るかきめるか。」

「そうですね。」


ついムキになってしまい、なんだか恥ずかしくなってしまった。

窓から射し込む夕日が、2人の顔の赤さを隠すのだった。


◇ ◇ ◇


週末ーーまた早めに来てしまった。

単純に映画を観る以上に平野と観ることが正直、楽しみだった。

待つのは苦じゃないと本を開こうとすると。


「あっ先輩!」


鈴の転がるような声がする。

顔を向けると平野が笑顔で駆け寄ってきていた。


「やっぱり、早めに来てましたね。

今日はお待たせしなかったみたいですね。」


してやったりといった表情の平野に挨拶をする。


「こんにちは、平野さん。

おかげで1ページも読めなかったよ。

今日も……華やかで可愛いな。」


そういえば、前のときは服装が可愛いかどうか聞かれたのを思い出し、少し気恥ずかしさはあるが聞かれる前に言ってみる。


「ーーえっ!?」


驚いた声をだすと時間が止まったかのように固まってしまった。

何か不味かっただろうかと心配になっていると、固まった彼女の顔に朱が差し込み始める。


「大丈夫か?すまない、不快だったか?」


その言葉はハッとして、慌てて手を振り出した。


「あっいえ、まさか言われるとは思ってなくて!

その、あ、ありがとうございます……。」


顔は相変わらず赤いまま、だんだんと声が小さくなっていった。

そんな彼女の反応に、なんだか自分も気恥ずかしくなってくる。

誤魔化すように行こうかと声を掛けた。

映画館へと向かう2人はぎごちなかったが、歩幅は確かに同じだった。


映画は面白かった。

オーナーと方針の違いから、シェフを辞めた主人公が移動販売店をする中で、大事なものに気づくといった内容だ。

カフェに入って隣に座った平野と感想を語り合う。

こうして、作品を観た後に語り合う時間が、楽しみになりつつある。

笑ったり、眉をしかめたり、悲しそうにしたりと表情がコロコロ変わる姿は見ていて飽きない。

しばらく話しているといつの間にか、かなり時間が経過していたことに気づき帰路へつく。

夕日に照らされた遊歩道は、風に揺らめいて蝉が切なく鳴いていた。


「今日も楽しかった。教えてもらった映画も帰って観てみるよ。」


そう言うと平野は一瞬、眉を困らせて寂しそうな目をした。


「私も楽しかったです。」


感情を誤魔化すように、明るく取り繕う姿に心が軋んだ。

どうしようも出来ない歯痒さだけが、頬を撫でる。

すると、何か思い出したように平野が声を上げた。


「そうだ!せっかく映画を観るなら私も一緒に観てもいいですか!?」


その言葉にドキリと心臓が跳ねる。

後輩とはいえ、女の子を家に呼ぶのは初めてだった。

良いものかと自問するが、一緒に観たい気持ちもあり、断る理由もないかと結論づける。


「そ、そうだな……よろしく頼む?」


どう返事すればいいのか分からずに伺うように言ってしまう。

すると、平野が両手で顔を覆い立ち止まってしまった。

直立不動で固まった姿に朝の場面を思い出す。


「どうかしたか!?」


心配になり、近づいてみる。

よく見ると耳まで赤い。


「い、いえ。ちょっと自分の行動を振り返ってしまっただけです……。」


その姿になんだか笑いがこみ上げてしまう。

笑う俺に、くぐもった声で笑わないでくださいと言う平野は、ひっそりと咲くコスモスのようだった。

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誤送恋文 山吹紅翠 @yb-kousui3

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