二章
なぜおれはまとめサイトが嫌いなのか。それを語るのは意外と重要かもしれない。まとめサイトはくだらないものであるが、おれの人生にとっては案外重い存在になっている。
おれは思春期に入ってからネットを使い始め、ネットはおれの青春を語るに欠かせないものになった。まとめサイトは、中学からの付き合いになる。
まとめサイトとは、2ちゃんねる(現5ちゃんねる)というネット掲示板の投稿を転載したサイトである。まとめサイトに価値のある情報は無い。誰とも知れぬ匿名の人間が、匿名ゆえの無責任さで喋っているのを切り抜いているだけだからだ。当然内容もひどいし、そのコミュニティで会話の傾向が偏っていくため、世間からズレたノリが形成され、ばかばかしいデマが流行ったりする。
一番まとめサイトを見るのにはまっていたのは、高校1年のときである。おれは高校に入ってから、友達が全くできなかった。中学校からの友達が行かない高校に進学したのが悪かったし、テニス部を2カ月で辞めたのも悪かった。会話する友達が学校にいなかった。
生の人間の言葉に触れる機会はまとめサイトしかなかった。まとめサイトにあるのは、本当の生の声ではないのだが。
おれは直接2チャンネルの掲示板に書き込みをしようとはしなかった。おれが書き込みをしても面白くないだろうし、自分の発言が世間にさらされるのが怖かった。おれは臆病だった。この臆病さが、おれを閲覧者のままにした。
まとめサイトを見ることは、完全に無駄な行為である。サイトにはエロい広告がベタベタ貼り付けられ、スレッドの内容はとことん下品で、精神的に害悪である。センセーショナルなタイトルに引き寄せられた人間は、サイトの管理者の広告収入の養分にしかならない。
だがおれはまとめサイトを見るのに、高校2年までの多くの時間を費やした。これは俺が怠惰で、金が無かったからだ。まとめサイトの唯一の利点は無料であったことだ。アルバイトは校則で禁止されていた。
おれは部活も勉強もしなかった。
やがて、俺は嫌儲思想というアフィリエイト・サービス(広告収入サービス)を憎む思想にかぶれ、まとめサイトを嫌悪し、離れることになった。だが、まとめサイトを巡回するのに充てられた時間は何か有益なことに使われるわけではなく、YouTubeに食われていった。他の高校生が勉強とスポーツに取り組んでいた時間に、これである。
まとめサイトを見る人間は、おれが高校生だったときは少数派だったと思うが、おれが大学に入ったころには、徐々にネット掲示板やSNS、メディアの投稿を転載した、「切り抜き」や「まとめ」的なものは一般化していった。
高校を卒業したおれは、地元の偏差値が低い大学に入学した。だが、周りの「大学生」らは,ネットで見る東京の若者のように垢抜けていた。俺は入学早々、周りに取り残されているのを感じた。
おれは大学生になっても、見ようによっては高校生に見えるほど、垢抜けないもっさりした恰好をしていた。だが、周りのやつらは、ラッパーやKPOPアイドルのような恰好をしていた。
それに、他の奴らはもう友達がいた。何かしらのサークルに所属し、人間関係を作っていた。おれは、サークルの新歓イベントに参加することに躊躇し、新歓期間を逃した。どこのサークルにも入れなかった。
おれは周りの大学生との差を自分から埋めようとはしなかった。というか、逆に周りを見下していた。ああいうやつらは,自己紹介をすれば自分の趣味は筋トレか旅行か推し活と言うに決まっている。笑い方や喋る時のイントネーションまで決まっている。周りの大学生の奴らの、自分が典型的な「大学生」となっていることに気づいてないようなバカさが、おれにはおかしかったのである。
おれはまた一人になった。
そのころからであろう。YouTubeでネットの反応まとめ動画が流行り出した。2ちゃんねる内の掲示板である「なんJ」まとめ動画も流行った。
短くまとめられた「切り抜き」動画が大量生産され、拡散されるようになった。パチンコ屋の広告のようなギラギラしたサムネイルはYouTubeで目立った。
ネットの「反応」というのは、2ちゃんねるのようなネット掲示板からTwitter(現X)やYahooニュースのコメント欄まで、いろんなところの投稿を引っ張ってきたものだった。黎明期はネタ的なまとめ動画がよく作られていたが、徐々に政治系のまとめ動画が作られるようになった。政治系まとめ動画は、現実社会に影響を及ぼし始めた。
ある保守的な新興政党が、YouTubを用いることで、ネットで勢力を伸ばし始めた。公式チャンネルが作っていた動画がなかなか良くできていたのもあるが、まとめ動画が勢力拡大を助けたのが大きい。まとめ動画は、この政党を支持する内容はもちろん多く、この政党とは直接に関連が無いものも、完全に「ネット保守」のノリで作られていた。
おれが大学生だった当時、移民問題などをきっかけにして、世界的に保守ブームが起こっていた。その政党は保守ブームに乗り、選挙で結果を出し、野党の有力政党になった。
その時、おれはなんだか嫌な気持ちになった。
支持者の中には、まとめ動画や切り抜き動画のコメント欄で盛り上がっているようなやつらがうようよいたからである。
そいつらは、恣意的にまとめられ、切り抜かれた劣等な情報を消費している自分の愚劣さを棚に上げ、風紀委員ぶって政治家やリベラル派活動家を叩いていた。また、まとめ動画のコメ欄や、Twitterの切り抜き動画のリプ欄、ショート動画のコメ欄といった場所で、自分は日本人の最大公約数の人間ですよといわんばかりに、わざとらしい丁寧語で「日本のために」云々と言っていた。
おれはそういうやつらが特定の政党の支持者として、仲間を作っているのが気に食わなかった。
まとめサイトに熱中していた昔の自分には仲間や同じ趣味の友達がいなかった。しかし、こいつらはネットで仲間を見つけて楽しくやっている。ネットの下世話なコンテンツを消費している、おれと同類の人間のくせに、自分が多数派だと思い上がり、ネットで仲間を手に入れたやつらが、とにかく気に入らないのだ。おれは性格が猛烈に嫉妬強い人間なのだ。
おれは今、大学3年生である。おれはまだYouTubeで時間を無駄に消費している。そして、親しい友達もいない。
人間関係といえば、2年の必修授業で同じグループになった、同じく大学に友達がいなさそうな川野という男と付き合いがある。だが、その関係も、履修が重なった授業を一緒に受けるだけで、一緒に遊びに行ったりしない素っ気ないものである。
おれの人生は、臆病、怠惰、嫉妬強さといった己の性格によって、順当に暗いものになった。
おれは自分の人生を変える必要に迫られている。
おれは2年の秋から不登校気味になっている。川野とも会わなくなった。進級に必要な科目数は落とさなかったものの、他の単位はボロボロだ。
4年で卒業できるかどうか怪しくなっている。
おれは今、毎日深夜4時に寝て、昼頃に起きる生活リズムで生きている。週2で倉庫のバイトをするが、それ以外は外に出ない。
フリーターのような生活だ。
倉庫では、フォークリフトが運ぶパレットの上に、ピッキングリストの飲料の段ボール箱を積む労務を行う。単純労働で、働いていると脳が溶けていくような感じがする、嫌な仕事だ。夕方になって仕事が終わると、ベッドの上でスマホをいじったり、寝たりして過ごす。
8月になり、大学が夏休みに入ったころ、おれはベッドの上での時間で、タルパを作り始めた。
タルパは俺の彼女になってもらうつもりだ。
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