第9話 シルフの憧れ
9-1 デート
忌まわしき大会が終わった。結果は2位。決勝戦は俺のギブアップ負けだ。そんなことはもはやどうでもいい。1フェムト秒でも早く辺境星系へ帰りたい。都会だかなんだかしらないけど、街を歩く者達はみな破廉恥な恰好してるし、やたら人は多いし、空気も匂う。埃っぽい。どぶくさい。とにかく不快だ。(偏見)
大会が終わったら速やかに帰れるものだと思ってたら、早くても半年先と言われた。それもキャンセルが出て席が空いたらという。
期待と現実のギャップを受け入れらえれず俺の心は死んだ。バイタルにも影響が生じた。あまりにも数値の変化が大きかったせいか、リンクスの方から無事を確認してきた。こっちから話しかけても無視されていたけど、ちゃんと見守ってくれていたようでとても安心した。早くリンクスに会いたい。
「まるで廃人じゃな。」
マスターが俺を見てそうつぶやいて外出した。
まったく、誰のせいでそうなったというのだ。なにもやりたくない。自分から食事もとることがないのに腹が空かないのは俺が寝てる間に誰かが胃ろうを入れてくれてるからだろうか。
あー、仮死したいな。退屈過ぎる。かといって外出は恐ろしいからしたくない。部屋には俺とジーニーの二人きり。いたたまれなくなったのかジーニーの方から話しかけてきた。
「ボス、まだ怒ってやすか?」
「もう怒ってないよ。意地張ってごめんな。」
本当だ。怒ってない。今更ジーニーや誰かに当たり散らかしても早く帰れるわけじゃない。意地を張るのも疲れた。もはやどうでもいい。時が過ぎるのをとにかく時が過ぎ去るのを待つだけだ。
「俺、ちょっとそこの店まで買い物に行きやすが、何か欲しいものありますかい?」
場が持たないから出かけるのか。おうおう、行ってこい。
いや、こいつが出かけてマスターも帰ってこなかったらと思うと途端に怖くなった。
「俺も行く。」
「え? いえ、一緒に行きやしょう。」
俺の答えが意外だったのか少しとまどう様子を見せるジーニー、しかし、うれしそうでもある。
屋外に出て俺は早速後悔した。人の波が恐ろしい。ジーニーの裾をぎゅっとつかむ。
「大丈夫ですぜ。俺が一緒にいやすから。」
正直、自分でもなにが怖いのかがよくわからない。何かにおびえている自覚はあるがそれがいつもみたいに解析ができないのだ。それがまた怖い。恐怖の連鎖が続く。
夜。ジーニーとマスターが食事しながら、今日の出来事を共有している。俺はというと部屋の隅っこで宙を仰ぐ。
「シルフを見よ。ネコが良くやる虚空覗きをやっておるな。あれはいったい何を見ておるのじゃろうな。」
それね「フェレンゲルシュターデン現象」というんだって。
というのは嘘らしいけど。
「そういえば、今日、ボスと買い物にいったんですよ。」
「ほう、シルフが外出したのか。珍しいの。」
楽しそうだね。俺はちっともたのしくない。次のミルキーウェイエクスプレスの運航日まであと126日かぁ。長いなぁ。
自堕落な生活を送っていると思われるが、実はちゃんと夜に寝て朝に起きる生活はしてる。
起きていても何もないけど。時計の針をひたすら眺めたり、心拍数を数えてみたり。空虚な毎日を送っている。
そういえば、最近は心拍数も落ち着いてきた。ちょっと前まで辺境にいたときの平均値よりずいぶんと高い数値だったので、毎日のようにリンクスが心配してくれていたが、最近はその数値も落ち着いてしまいリンクスが話しかけてくることもなくなった。こっちから話しかけてもずっと無視されている。寂しいなぁ。
寂しい? そういう感覚は思えば久しぶりかも。記憶にある限りはっきり寂しいなんて思ったのはマスターの道場を卒業して探査員になって、初めて独りで探査任務に赴いた時だ。その時、心細さでべそをかいたらリンクスが「一緒だよ」って言ってくれたんだった。
それ以来リンクスが積極的に話しかけてくれるようになったんだったな。それまではひどく無口で無機質だったのに。
そうだ、マスター、マスターに会いたい。ジーニーでもいい。誰かと一緒にいたい。誰かに依存するなんてどうしちゃったんだ俺。
「おーい、シルフ、いるか?」
声の主が勝手にドアを開けて入ってくる。
「いるなら返事ぐらいしろ。」
トラ子さんことリータだ。なんか独りでいるのが辛かったからこいつでもいいや。
「うん。」
「なんだ、元気ないな。どうした?」
どうもしないけど、ずっとおセンチなんだよ。
「どうでもいいけどよ。お前を引っ張ってこいって言われてるんだよ。行くぞ。」
強引に連れていかれた。
連れてこられた先はトラ道場。
リータたちの師匠のトラ姉さんは苦手なんだよ。
「よく来たわね!」
相変わらず声がデカい。つい、リータにしがみついてしまう。
「相変わらず、リータは平気でも私はダメなのねぇ。」
落胆させてしまったようだ。初めて会った当初は嫌いだったけど、今は苦手なだけだ。悪い人じゃないし、怖くないことはわかったから。
「す、すみません。」
「いやいや、こっちも無理やり連れてきてしまって悪かったわね。お茶、飲むでしょう。」
そういってお茶を出してくれた。たっぷり砂糖を入れて飲んだ。
「ふふふ、そんなに砂糖いれるのね。甘いの好きなの?」
今日のトラ姉さんはずいぶんと気が利くし優しい。あれか、マスターがいるときと違うのかな。
「はい。探査員やってると甘いものぐらいしか楽しみがなくて。」
「そっかぁ、あなた、探査員だったのね。中央は有人探査はとっくに廃止になってるけど、辺境はどうなの?」
「辺境も公には廃止になってるけど、俺は個人で勝手にやってるんです。今は船の修理中で。」
リンクスの修理さえなければなぁ。
「キャンディもあるわよ。食べる?」
「キャンディ!」
食いついてしまった。子供か。
「ふふふ、いっぱいあるから好きなだけ食べなさい。」
「師匠、餌付け作戦は成功しましたね。」
甘いものを食べたら多幸感に満たされた。そして、俺のことを気にかけてくれている人が周りにはたくさんいるのに一人ふてくされてたと気が付いた。まだまだ思うところはあるが少し元気が出てきた。やっぱり胃ろうばっかりではだめなのかな。
「ちょっと表情が良くなったな。良かったらネコの型見せてくれよ。」
リータに頼まれた。お茶とキャンディのお礼程度には見せてやろう。組手は嫌だけど、型打ちなら喜んでやるよ。
型を見せたら、おお、と歓声が上がった。何人かが型の添削や解釈について教えてくれというので僭越ながら教示した。
「やっぱりオマエのネコの型はすごいな。うちの師匠とオマエのところの師匠、少しわけありでさ、オマエのところの師匠に教えてもらうわけにもいかないからさ、助かったよ。」
「うん。俺もひさしぶりに体を動かせて気持ちよかった。こちらこそありがとう。」
なんか、久しぶりに誰かに感謝の気持ちを表した。いつも意識的にありがとうって言うようにしてたのに。
「そんじゃあさ、ありがとうついでに付き合えよ。」
断りにくいタイミングでグイグイくるな。この娘は。
「どこに?」
「デートだよ。」
「あの、俺さ、人の多いところがダメなんだ。」
「知ってるよ。誰もいないところだったらいいだろ?」
「どこ?」
「俺んち」
まさかのおうちデート。
「ハハハ、なんか期待したのか?」
「まさか、からかうなよ。」
そういって、リータの家にお邪魔する。
早速、お楽しみタイムが始まった。
「みんなには内緒だぞ。」
「す、すごい。こんなの初めて!」
大興奮。中央星系に来て初めて良かったと思った。
「最高だろ。西暦時代のプロレスは。レアものだぜ。」
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