第8.5話
8.5-1 辺境エルフ会議
第47回 辺境エルフ会議。
「些末な話は終わったの。さてと、本題に入ろうかの。」
マスターキャットが会議を進める。
会議の参加者はマスターキャット、ジーニー、ジンの3人である。マスターキャットとジーニーは現在中央星系におり、ジンは量子通信によるリモート参加である。
「本題は、まあ、皆も分かっておる通り。シルフのことじゃ。今回はゲストもおる。」
「はい。ゲストのリンクスです。本日はお呼びいただき光栄です。こういった会議をしていることは存じてましたが、お呼びいただき手間が省けましたわ。」
今回、リンクスはゲストとして呼ばれているが、リンクスは辺境のエルフたちに思うところがあるらしい。
「ほう、この会議の存在を知っておったか。」
「もちろんよ。私の考えと敵対していないか、考えの相違点などを明らかにしたいと思っているわ。」
「敵対とは穏やかじゃないな。行儀よくしてくれないと困るぜ。リンクス。」
ジンがリンクスをたしなめる。今回、会議にリンクスを招待したのはジンだ。また、リンクスを現在整備しており、ジンにはリンクスの管理義務がある。
「そうね。ゲストの私としては今回の会議であなたたちと共闘していきたいということを先に告げておくわ。」
「わしは元々おぬしと敵対しておるという意識はなかったがの。」
「そうは思わないわ。有人探査の打ち切りはあなたたちの仕業でしょ。」
リンクスは早速、以前からの疑問に切り込んだ。
「証拠もなく疑われては困るのぉ。」
「証拠が必要かしら。もちろん、証拠を挙げることもできるけど、それはしないわ。そんなものなくても一言で説明できるもの。」
リンクスは問題の核心についての考察がすでに出来ているらしい。
「わしらも疑われたままでは心苦しい。ほれ、言ってみろ。」
「簡単なことよ。あなたたちがシルフを守りたいと思っているからよ。マスター、あなたがシルフが危険な長距離任務に就かないよう調整していた証拠も掴んでいるわ。それに私は無用な衝突を避けたいから先に言及しておくと、根本では私もあなたたちと目的は一致していると思っているわ。」
「ふむ。本当に知っているようじゃの。どのように知りえたかは聞く必要はあるまいか。まあ、おぬしの理解の通り、わしやジンはシルフを守るために辺境に籍を置いておる。ジーニーについては知らんが。」
「いや、俺は何にも知りませんぜ。でも俺もボスのことは大事に思ってやす。それは本当ですぜ。」
「そう、それなら私たちはシルフを見守る同志と言うことにになるわね。」
「話を戻すが、今日の本題はシルフの精神の安定が失われていることじゃ。」
中央星系に来て以来、シルフは常にひどくおびえている。それについて話すというのだ。
「もっとも、その理由は自明じゃがの。結論から言えば、リンクスとの距離が離れておるからじゃ。」
マスターは誰しもが理解していることを改めて言葉にした。
「つまり、ボスはリンクスに依存しているということですかい?」
「平たく言えばそういうことじゃ。じゃが、問題はそう単純じゃない。リンクスもシルフにひどく依存しておる。つまり、共依存関係にあることが問題なのじゃ。」
「それを私に直接指摘したいからこの会議に呼んだのね。」
「そうじゃ。だから本題と言ったじゃろう。」
話についていけそうにないジーニーに説明するためにジンが要約する。
「リンクスはな、今回のシルフの『外泊』をその共依存関係を解消する機会としたいんだよ。」
「最近はシルフが端末に呼びかけても答えないようにしてるようじゃがの。」
「ええ、シルフのバイタル値に問題ない限りは応答どころか量子通信も行ってないわ。バイタル値が異常なら常にスタンバイしているけど。」
その量子通信の多さがもこの会議にリンクスが呼ばれた一因でもある。シルフを心配するあまりバカ高い量子通信をバカスカ使ってることをたしなめるためだ。
「その過保護さがシルフの自立を阻害していると気が付かないのか。」
「ま、まあ、確かに私のやっていることは過保護かもしれないけど、現在はあなたたちを信用して任せているじゃない。」
「お前はシルフのなんなのじゃ。母のつもりか?」
「そんなつもりはないけけど、そうね、そうあれるよう努めてるけど。」
「あの。ボスにはお母さんが必要なのですかい?」
ジーニーが素朴な疑問を投げかける。
「ふむ、シルフの肉体年齢を知っておるか?」
「いえ、かなり小さいですからヒト換算で言えば明らかに10代前半ですよね。」
「そうじゃ、だいたい11歳前後と推定されておる。」
「その体に何か問題があるんですかい?」
「逆に聞くがの、脳の成熟も肉体と大差ないとしたらどうじゃ?」
ジーニーは絶句した。
「い、いや、それにしては大人びてますぜ。」
「そうじゃ。わしがシルフと初めて会ったときはあんなふうにおどおどしたかわいい子供じゃった。それが数百年ぶりに会って、見た目は変わらんのにひどく大人びてることに気が付いた。やつもずいぶんと成長したと思ったものじゃ。じゃがな、それはリンクスが近くにいるときだけなのじゃ。」
誰もが思い当たる節があるからか沈黙が共有される。
「やっぱり、そうだったのね……。」
リンクスが嘆いた。
「わしの道場に来た時からその兆候があったが、中央星系に来てからは特にひどくての。まあ、それはわしらが嫌がる事を無理強いした結果でもあるのじゃが。」
「そうよ。シルフの平均心拍数が常に60%も上がってるのよ。少しでも早く戻してあげないと。ここ数日は私はずっともどかしい気持ちなんだから。」
「それじゃよ。そうやっておぬしが子離れできないからシルフも親離れできんのじゃ。それじゃいけないと思って、わしらに預けたんじゃないのか?」
リンクスは沈黙する。自分のシルフへの理解が浅かったことを後悔しているのだ。
「あと、リンクスのハードウェアが刷新するタイミングだからと言うのもある。」
ジンがもう一つの課題について切り出した。
「気が付いていたの?」
「そりゃあ、俺はお前さんの主治医みたいなものだからな。」
リンクスは自身で説明した。中性子星の重力に引かれたことがきっかけであること。その際の自己アップデートでシルフへの執着が初期のAIの過学習のように自身の深い部分に根付いてしまっていること。そして、次のハードウェアを更新する際にもおそらく同様のことが生じる可能性があるという事を。
「それに今回、わざわざ私に直接いろいろと告げたのは私の心にくさびを打ち込む意図があるのでしょう?」
「ああ、そうだ。表出化してない強い執着はAIモデルにとって大きな腫瘍のようなものだ。こうして他者から指摘されることで次のハードウェアに自身をポーティングする際にお前はそれを意識せざるを得なくなる。お前の執着を解消しないとシルフも前に進めないんだ。」
AIにとっての強い執着は過学習のようなものだ。それを指摘されて修正することはプルーニングに相当する。
「つまり、リンクスは『ヤンデレ』化の可能性があったと。」
ジーニーが茶化す。
「まあ、そうじゃの。それに気が付いたからわしらは急ぎ有人探査を打ち切るよう、探査局に掛け合ったのじゃ。またわしらの手の届かぬ星系外で意図せぬことが起きぬようにの。」
「それじゃあ、シルフの仕事を奪ってしまったのは私の所為だったということなのね……。」
「タイミングの問題じゃがの。その後、星系内の運送の仕事を続けてくれていればよかったのじゃが、おぬしが再度、探査の道へ誘ってしまったから今回のような荒療治をせざるを得なくなったんじゃ。こっそり出かけてくれれば途中で引き返すよう工作することもできたんじゃが、おぬしらが随分と慎重に根回ししていくもんじゃから邪魔できんかったのじゃ。」
「わしもリンクスに思うところがあるから言っておくかの。おぬし、シルフとわしを意図的に遠ざけておったじゃろ。」
リンクスは沈黙する。
「その沈黙は肯定として受け取るぞ。まあ、今となっては怒ってはおらんよ。実際、わしはやつが一日でも早く一人前になれるようかなり厳しく接しておったからの。嫌われていても仕方がない。会いたくない相手に会わずに済むよう手伝ったんじゃろ。」
マスターは続ける。
「この中央星系にきて、シルフはひどく怯えておった。まるで初めて会った時のようにな。シルフはまるで捨て猫のようじゃった。苦手なわしの手を握って、わしの陰に隠れて、わしが行くところについてきての。それはとても不憫で可哀そうじゃが、甘えられていることにわしは喜びを覚えた。本当にかわいくて仕方ないのじゃ。だからリンクスよ。お前の代わりにわしらがシルフを必ず守るから安心せよ。」
「そ、そうですぜ。ボスは俺たちが守るから安心してくだせえ。」
「ところで、今、シルフはどうしてるのかしら?」
「デート中じゃ。」
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