9-2 ニーヤさん

 マスターとジーニーのいる部屋へ戻る。リータが送ってくれた。

「おかえりなさい。ボス。」

「おかえり。楽しめたかの?」

「ただいま。楽しかった。」

 マスターが今日見つけたというお土産をくれた。

「飴ちゃんじゃ。」

「わーい。」

 なんか、黒くてシブいパッケージの飴だ。飴自体も黒い。甘味、酸味、渋み。何とも言えない滋養を感じる味。大人のテイスト。

「もう開けてしまったのか。食事の時に渡せばよかったの。」

 パッケージを見たら、胃ろうエルフ向けと書かれている。一粒400kcal。めっちゃハイカロリーじゃん。もはや食事じゃん。

「わしらばかり食事を楽しんでしまってたからの、そういうのもたまにはいいじゃろ。」

「マスター、ありがとう。」

 マスターに素直にお礼が言えたのってすごく久しぶりだ。うれしい。

「俺が選んだんですぜ。美味しいですかい?」

「不快ではない。」

「なんですか、その感想は。」

 だって、美味しくもなく不味くもないし、積極的に食べたいとは思わないけど、他に食べる物がなければこれでいいかなってレベルの味なんだもん。とはいえ、400kcalでこの味付けとは都会は進んでるな。辺境の高カロリー食は犬も食わないまずさだからね。そういえば、トラ道場で出してもらったキャンディーも美味しかったな。今日は久しぶりに笑った気がする。


「シルフさん、いらっしゃいますか?」

「はーい。」

 最近はふてくされるのに飽きたから素直にお留守番しているのだ。俺あてに訪ねて来るひとはリータぐらいだが、男性の声。一体、誰だろう?

「こんにちは。ニーヤと言います。探査員OBで考古学サークルをやってます。以前にメッセージでやり取りしたんですが、覚えてますか?」

 ああ、そういえば、そんなこともあったな。リンクスに聞いてみると秘書業務だからかきちんと対応してくれた。

「初めまして。辺境のシルフです。もちろん覚えてます。」

「こちらこそ。先日のゼロGカラテは凄かったですねぇ。私も探査員のころかじってましたが、あんなにも出来なかったですよ。そこのトラ道場に通ってたんですよ。」

「見てたんですか。情緒不安定だったんで恥ずかしいです。」

 汚名を振りまいてしまった気がする。

「探査員がオカに上がってるとそういうメンタルに陥ることはめずらしくないですからね。」

「え、そうなんですか?」

 ニーヤは色々と教えてくれた。虚空生活から都会の喧騒に短時間で入ったり、急激な環境変化のギャップに脳が付いていかなくて落ち着かなくなったり、普段できるメンタルコントロールが効かなくなり普段できることが出来なくてパニックになることは探査員あるあるらしい。

「そうなんだ。辺境が田舎過ぎて虚空と変わらないからか、そういう経験したことがなかったのかな。どうやって復調するんですか?」

「人によって違うけど、私の場合は数日寝て過ごすと戻りますね。どうしようもないときは短期間仮死するのもいいですね。ハイバネで脳がリセットされるじゃないですか。あれが効くんですよ。」

 ほえー。

「そうだ、先日、甘いお茶とキャンディ食べたら元気出たんです。それで復調することってありますか?」

「そうだねぇ、甘味は効くかもしれないですね。飲食関係だと強カフェインでハイになったり、マシマシ胃ろうキメるって人もいるって聞きますね。結局人それぞれですよ。」

 マシマシ胃ろうって何だろう?

「あ、マシマシ胃ろうっていうのはね、オーバーカロリーの胃ろうのことですよ。やったことないの?」

 さっきからなんかわかんないけど蠱惑的なワードが飛び出してる。

「今日の食事まだだったらマシマシ胃ろうキメにいってみようか。」


 街に繰り出す。ニーヤさんは俺の手をつないでくれる。目的地にはすぐ着いた。

 カフェ J-IRO。カウンターとソファだけの簡易な店だ。ヒト向けにはでかいコーヒーフロートみたいなドリンク?が販売されていて、ソファには胃ろうを決めたであろうエルフたちが恍惚の表情でくつろいでる。この街では胃ろうエルフはそんなに珍しくもないみたい。俺たちのお目当ては胃ろうベンダーだ。

「1日の摂取カロリーは?」

「1100です。」

「じゃあ、初心者だからこんなもんか。」

 パウチを手渡される。お、重い。こんなにも重たいパウチ、初めて持った。こんなの収まりきらないだろ?

「イケるイケる。大丈夫だって。」

 パウチの中身が全部胃に収まった。おなかパンパン。俺はやればできる子だ。

 多幸感が上がってくる。ふ、ふわぁああああ、あああ、あぁぁぁ、こ、これは、や、やばい。きっくうぅうう。

 ハンドヘルド機からリンクスの叫び声が聞こえたような気がするが、全然わかんない。抗えぬ。眠気に抗えn


 気が付いたら部屋にいた。ニーヤさんが運んでくれたらしい。

「ごめんね。血糖値スパイクで眠くなるのいうの忘れてた。それにしても君のAI、滅茶苦茶うるさいね。すごい剣幕で怒られちゃったよ。」

「あ、あんなの初めてでした。癖になりそう。」

「シルフ! もうやっちゃだめよ。あんなのやったらデブになっちゃう! あんなの不良の食べ物よ。もうやっちゃメッだからね。ダメよ(ry」

 都会の洗礼を浴びた気分。こんなの辺境にはないからな。

「胃ろうしながら話そうと思ってたんだけど、まさかドカ食い気絶してしまうなんて思わなくて話しそびれちゃったんだけどさ。こんど、総合競技会があってね、ジェットパック部門の出場選手枠があいてるからさ、どうかなってお誘いなんだけど。」

「ジェットパックか、懐かしいなぁ。研修以来やってないけどできるかな。」

「実際に船外活動で使わないしねぇ。でも安心していいよ。屋内競技だからさ。」

 見学だけで良いんだけど。

「シ・ル・フ! 出場しなさい。さっき摂取したカロリー分、練習で使いなさい。」

「リンクス、久しぶりにしゃべったと思ったら随分とうるさいな。」

 ニーヤさんは俺たちのやり取りを苦笑いしながら見てる。

「用件は伝えたんでお暇するかな。良かったら出場してくれな。それじゃあ。」


 ニーヤさんが帰宅したあと俺はひとりごちる。

「ニーヤさん、すっげえ良い人だったなぁ。礼儀正しくて爽やかで優しいし。理想のエルフだよぉ。俺の兄ちゃんになってくれないかなぁ。ああ、カッコいい♡」

 俺はニーヤさんにすっかりメロメロだ。ニーヤさんに良い所見せたいからジェットパックやろうと思ってる。

「……マシマシし過ぎのマシマシエルフのどこがカッコいいのかしら。」

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