8-5 決勝戦
準決勝から一晩明けて、決勝戦。対戦相手の流派は「?」だった。出自不明の謎の流派。俺の所属するイエネコ流の勝利によって界隈は干支12流派が全滅ということで大騒ぎだ。
決勝戦はどっちが勝つか喧々囂々の大騒ぎ。オッズは俺の方が優勢らしい。やっぱり、1,2回戦での瞬殺劇と優勝候補のトラ子ことリータを正面撃破した衝撃は大きいらしい。決勝戦もスピード決着するのは間違いない俺の最速ギブアップによってな。俺に期待してるみんな、すまんな。
もうお家に帰れることが決まってるので俺の精神は極めて安定している。さっさと終わらせてこんなごみごみした所からさっさとおさらばするんだ。るんるん♪
そして、決勝戦の舞台へ。ギャラリーがめっちゃ多い。さすが決勝戦。俺はこの人たちの期待を裏切ることになる。とても申し訳ない。いい試合を見たいと思ってチケットを買って見に来てるのに、開幕0秒でギブアップするなんて本当に申し訳ない。きっと、俺はこの街を歩くことができないだろう。でもいいんだ。辺境のみんなは俺のことをわかってくれる。
さあ、試合開始。
「参りました!」
ほぼ1秒。で降参。
会場がシーンとなる。
対戦相手がどんどん詰めて来る。
「いや、だから、参りました! 降参。ギブアップ。あなたの勝ちだって。」
左手をつかまれ、引っ張られる。なんだよ。
右ほほをパーンとビンタされた。
「なんで、叩くんだよ。」
俺は涙目で訴えた。
「オマエ、ルールを把握してないのか。ギブアップは相手が承諾しなければ成立しないんだよ。」
「それじゃあ、承諾してよ。いや、して下さい。」
もういっぱつパーンとはたかれる。俺はへたりこんだ。
「なめてんのか、てめえ。こんなにギャラリーがいてろくにやりあわずギブアップが成立するわけねえだろ。やりたくないのになんで会場に来たんだよ。」
「だって、来ないと賞金もらえなくて帰れないから……。」
そういうと対戦相手はハァ、とため息をついてステージの外縁に向かって歩いていく。承諾してくれたのかな。
場内アナウンスが鳴り響く。
「えぇ、ただいまリース選手より、シルフ選手よりギブアップを受けたとのこと。リース選手は会場の皆様がそれを許せば承諾するということです。」
ブーブー、ありえねぇ、ダメに決まってんだろ、やれよ! 泣き虫! 情緒不安定!
「シルフ選手、頑張ってください。先日のあなたの試合を見て、ここにいるみんながいい試合ができるはずと期待しています!」
そうだ! 頑張れ! やれよ! 泣き虫! 情緒不安定!
「だってよ。」
リースがつぶやく。今度は右手を伸ばしてきた。また叩かれたらたまらないから自分で起き上がった。
「クソ。」
俺はわがままなのか。やりたくもない組手をやらされて、帰りたくても帰れない。
「ちょっと、たんま、セコンド行っていい?。」
「いいぞ。顔洗って来いよ。」
「リンクス。」
ハンドヘルド端末に呼びかける。
「なあに? シルフ。」
「決勝戦、見てるだろ。」
「もちろん見てるわよ。ほんと情けないわね。」
「俺の悪口言ってたやつ、記録しておいて。後で一人ずつしばく。」
「……ほんと情けないわね。」
「お待たせ。申し訳なかった。」
「いいよ。オマエも色々あるみたいだしな。本気でやりあってくれればそれで許す。」
まあ、やる気は起きないけど、誠意を見せるために俺も構えを取る。
0.6G。腕を振り、ステップを刻む。ウェイトとリーチに劣る俺が有効な打撃を打つには一見、ダンスのような動きの格闘技、カポエイラが有効だからだ。元々の術理からして遠心力に頼る動きが大きいカポエイラは俺にとって重要な技術だ。
リースは準決勝にやりあったトラ子ことリータのように低い姿勢で迫ってくる。何の型かはわからない。リータとの対戦は前情報もあったし、元々近しい術理の流派だから相手を観察する解像度が高かった。リースの動きを見ると、なにやらこう、おなかがすく。なぜだか。
カポエイラの動きに合わせて低い姿勢を保つのか、それともそういう流派なのか。いずれにせよ俺の扱えるカポエイラは相手の姿勢がこうも低いと役に立たない。西暦時代に語り継がれたという「アリ・猪木状態」だ。トロッコ問題と並んで解のない問題と言われている難問だ。勝機を見出すには1万数千年もの長きにわたって未解決の問題を解くしかない。
くそ、本気で来いと言っていたのに卑怯なやつめ。卑怯には卑怯だ。実況解説ブースに駆け込み。
「アリ・猪木状態。無理!」
お前もブーイングを食らうがいい。
「シルフ選手、なんと、膠着状態の解決を我々に求めてきました!」
ブーブー、ありえねぇ、自分で解決しろ、泣き虫! 情緒不安定!
「おい、ブース。悪口言ったやつに全員記録してるからな。顔洗っておけと伝えておいて。」
耐えかねて要望を挙げた。
「シルフ選手、自分にブーイングを出した人にお礼参りすると宣言しております。とんでもないヒールです。」
実況が叫ぶ。
「まったく、前代未聞ですね。スポーツマンシップや武道の精神を持っていないのでしょうか。こんな人に賞金はあげられませんね。」
解説が同調する。
「え、冗談ですよ。ごめんなさい。この通り。」
俺は謝った。
「茶番は終わったか。」
「そもそも、この大会に出場してることが俺にとっては茶番だよ……。」
這いつくばるような姿勢では俺が相手にしないことを悟ったリースは立ち技に切り替えた。まったく最初からそうしろよ。0Gでもなければ「アリ・猪木状態」はどうしようもないじゃん。
ぞわぞわっと悪寒が走る。その刹那、手首を噛まれた。ような気がした。実際には掴まれただけだが、そうさせる何かがあった。振りほどけない。力が強い。
手を開き、相手の方へ一歩踏み込み身体全身の重さを使って振りほどく。
「離せよ!」
「少しは武道の心得があるじゃないか。」
上から目線だな。気に入らない。おそらく、またカポエイラのリズムを刻むとコイツは下段にスイッチする。リースの戦略がわかった。膠着を恐れないんだ。
「オマエ、相手に本気で来いという割に、せこいことするんだな。」
「勝率の高い戦術を取ることをせこいとは言わないぜ。」
ぬけぬけと。こんなせこいやつより俺の方がヒール扱いされるのは解せぬ。
「勝率を求めるなら素直に俺のギブアップを飲んどけよ。いい試合を見せたいと観客を煽っておいてせこい真似するのはどうなんだよ。」
「こっちの勝手さ。」
会話にならねえわ。
「もっとも時間稼ぎはオマエの勝手だけど、思う通りにはならないかもよ。」
なに? 確かに0Gになることを望んでるけど、そうならないということ? それともコイツ自身も0Gに自信があるのか。せこいやつが後者の可能性は考えにくいなぁ。
あっそ。そっちが上下のスイッチするなら、俺もそうするだけだ。
カポエイラに執着する必要はない。こっちが上段攻撃のカポエイラの動きをすることを察するとリースはすかさず例の下段にスイッチする。それ、今だ。うにゃー。ネコじゃらしで遊ぶネコの動きだ。ネコパンチがリースのわき腹に決まった。自分でもわかってるけど、ネコの型はイエネコの動きだ。決定打になりえない。
ぞわぞわがまた来た。びくっとして反射的に後退してしまう。わかった。ヘビだ。勘のいい俺には読めてきた。こいつは立ち技でヘビ、おそらく蛇拳をつかい、這いつくばってるのは別の型を使い分けてる。複数の形意拳(動物の動きを参考にする拳法)に精通してる。
「オマエ、形意拳に精通してるだろ。いくつやってるんだ?」
「教えるわけないだろ。」
そりゃあそうか。
まあ、勝つ必要もないし、手を抜いてると思われない程度に出し尽くすか。そう。例のあれ。獅子の型。とはいえ、一度、型を打っただけだからぶっつけ本番でできるかは未知数。
ネコは辺境にもいるのでネコを観察して彼らの気持ちはかなり理解しているけど、獅子、ライオンなんて図鑑でしか見たことがない。なんか強そうな猛獣のイメージがあるだけ。マスターとトラ子さんの雰囲気を参考にしてやってみるか。うおおお、俺はライオン。がおー。くそ、ダメだ。まったくイメージできない。
型から逆算しよう。型の術理は芯としなやかさ。柔と剛。攻防の中で型をおさらいすることで何かをつかんだ。自分で言うのはおこがましいけど、俺はやっぱり天才かもしれない。この型の重大な秘密に気が付いた。
この型は0Gの型じゃないんだ。0Gで練って有重力下で真価を発揮する型なんだ。若干のもたつきはあるが、身のこなしが改善する。身体の開き方でこぶし三つ拳が伸びる。重さもそこそこ持たせられる。まあまあ術理がわかったところでカポエイラに応用する。リースは這いつくばる型で対向するが、地面と水平に身体を使えば良いだけだ。なるほど。俺は今まで有重力下において地面と当たるのが怖かったんだ。それを克服した今、有重力でも0Gと近い感覚で動ける。それどころか重力が重さと速さをアシストする。そうか。重力は邪魔な存在じゃないんだ。
「何かを掴んだのか。動きが明らかに良くなった。」
「まあね。師匠に秘伝を教わってたのを実践してみたのさ。」
答える必要はないけど、俺はオープンマインドを標榜して生きてるからちゃんと答えた。心の蓋が外れて爽やかな気持ちだ。
さっきまでビビり散らかしてたリースのヘビのような腕も今では猫じゃらしのように可愛いおもちゃだ。リースは分が悪いと見て下段に移行する。そのタイミングを見計らって懐に入り、鉄山靠(肩甲骨や背中で体当たりする技)でそれを阻止。0.6Gでの体当たり技は俺のフィジカルでも十分相手を持ち上げられる。すかさず相手の足を極める。スピニングトーホールドだ。完全に極まっている。
「ギブアップしろ。」
「するか。壊してみせろ。」
はぁっと俺はため息を吐いた。
「じゃあ、俺がギブアップするから認めろ。」
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