7-2 シルフとジン
帰還パーティの翌日。エイトシックスに顔を出す。
「あーあ、こんなにしてくれちゃって。」
エイトシックスの主であるジンが嘆く。星間天体を文字通りごり押しして軌道をずらした際に受けたダメージを見てのセリフだ。
「仕方なかったんだよ。船は費用をかければ直せるけど、天体が衝突した惑星の命は助からないし。」
「お前、そういうキャラじゃなかったろ。しかしまあ、その通りだな。直してやるよ。」
ジンの中では俺はどういうキャラだったのだろうか。
「それはそうと、しばらくオカにいるんだろ。お前に頼みがあるんだが。」
「頼み? まあ、俺ができる事なら。」
頼みの内容とはラジオ出演の依頼だった。なんだか最近はエルフブームでジンはラジオの番組をやってるらしい。せっかくだし、俺の活動の宣伝でもしようかな。
グリーンリンクスはしばらく預けておくことになるから事務所に向かう。
ハンドヘルド端末でリンクスと話す。
「私、これ好きじゃないのよねぇ。」
「そうはいっても仕方ないだろ。お前の船体はドックで修理が必要なんだから。」
事務所ではジーニーたちが俺の世話をしてくれる。
「ボスは食事は要らないんでしたっけ?」
「ああ、俺は食べられないから経口食でいいよ。」
もともと食べられないから他人が美味しそうに食事しているところを見ても羨ましいとは思わないが、食事はどんな感じなのかは興味はある。
「シルフ、食べちゃダメよ。ジーニー、シルフが好奇心に負けそうになったらちゃんと止めなさいよ。あなたたちと同じ食事を口にしたらすぐにおなか壊しちゃうんだから。」
事務所のスピーカーからリンクスの声が響く。こんなところでも見張られているのはあまり気分が良くないな。
「まるでお母さんのようだな。」
ジーニーが言う。
「まあ、俺は自分の親を知らんけどな。」
経口食のパウチをくわえながら話す。俺はこの甘露で十分だぜ。
「そうなんすね。ところでボスってどの世代なんですかい?」
世代、エルフには3世代あるという。エルフの起源は元々西暦時代の難破船で生き延びた人類の末裔で、その救助された世代が第一世代だ。第二世代は第一世代とホモサピエンスの混血。つまりハーフだ。第三世代はクオーター以上でエルフ遺伝子と呼ぶようなエルフとしての特色が強く出た人が第三世代と呼ばれる。隔世遺伝で時々生まれるらしい。
「第一世代だよ。」
「え、マジすか。めちゃレアじゃないっすか。」
まあ、珍しいかもね。第一世代は全部で300人くらいしかいないと言われていて、仮死から目覚めてるのは100人ぐらいしかいないらしい。第三世代まで含めて全部で3万人程度しかいない中の1%が第一世代だからレアな存在と言えるだろうね。
ちなみに俺以外の第一世代とは会ったことはない。第二世代もだ。知り合いのエルフはみんな第三世代と言うことになる。
「知らなかったの? 割と有名だと思ってたから自分から言うことはあまりないからね。」
俺はこの辺境星系が開拓された初期からいる最古参の住人なので有名人なのだ。まあ、出ずっぱりでこの星系にいる時間はほとんどないからこの事務所を建てるまで、住所すらもってなかったけど。それに辺境のエルフと言えばシルフとして有名だ。ちょっと調べたら俺の履歴なんていくらでもわかる。一度、エゴサしてみたことがあるがそんなことまで知られているのかと恐ろしくなったものだ。
ジンとの約束の日。
「はい、今日はとんでもないレアなゲストをお呼びしております。辺境のエルフといえばこの人。シルフさんです。」
「こんにちは。シルフです。惑星探査員やってます。お仕事募集中です。」
今日はラジオの収録日。番組の内容はエルフのお悩み相談。ジンがリスナーから届いた悩みをエルフの知恵袋で答えるという番組だそうだ。俺が聞いているのはこんな程度。台本なしのぶっつけ本番。その方が面白そうだからと言う理由だ。収録番組だから修正もできるしね。ちなみにパーソナリティーのお姉さんとジン、そしてゲストの俺の3人で番組は進行する。
「早速ですが、シルフさんの人となりを皆さん知りたいと思います。ジンさんにとってシルフさんはどういう方ですか?」
「いい客でいいパートナーだな。船は仕事で使ってるからメンテにしっかりと金を落とすし、衛星シルフ選手権のオーナーでもあるからな。何を隠そう俺の店が軌道に乗ったのもシルフのおかげでもあるから感謝しているぞ。」
最後の俺のおかげというのは知らんかった。ジンのいうことだからリップサービスかもしれんけど。
「素敵な関係なんですね。シルフさん、ジンさんとはどういうきっかけでお付き合いが始まったんですか?」
「どうだったかなぁ。えーと、台本には、」
「だ、台本なんてありませんよ!」
サービスでボケてみた。パーソナリティのお姉さんは少し焦っているようなのでこのぐらいにしておいてあげよう。
「あー、そうだ。惑星探査局から探査船をあてがわれていたんだけど、ある時停泊所から近いところにショップができたんだよ。それがエイトシックスだったんだ。それで店主がエルフだったのでそれ以来、浮気せずずっと通ってるんだ。」
たしか、そんな感じだったと思う。
「最近だと、シルフの船、グリーンリンクスのAIが開発した新しい制御方式なんかでも助けてもらってるな。」
「そんなこともあったね。おかげさまで先日、辺境星系初の有人での生命探査任務に行けたしね。こっちも助かってるよ。」
「さて、自己紹介からお二人の仲について色々聞けましたので、番組の本題に入りましょう。お悩み相談です。今日はジンさんに読んでもらってシルフさんにお答えいただきましょうか。」
「それでは本日最初のお悩みは……」
本当に取り留めのない質問が続く。しかし、答えているうちに気が付いたことがあった。
「あの。さっきから同じような相談が続いてるんだけど……。」
「そうですか? 様々なお悩みが届いていると思いますけど。」
「うーん、どの質問も要約すると他者との比較、承認欲求、自己顕示欲に収束するよね。」
「シルフ。それを言っちゃあ、この番組が成り立たなくなる。少しは空気を読め。」
ジンが窘める。番組の中の人もそう思ってるんじゃん。
「空気を読めと言われても…。」
「いえ、そういった内容はいつだって多くの人が悩んでいるからこそ、相談は尽きないのだと思います。シルフさんの言う通り、多くのご相談はいくつかの一般的な悩みに収束すると思いますが、それぞれのご相談はそれぞれ個別の対処があるはずです。そして、エルフのジンさんやシルフさんは私たちヒトと違った考えを持っているので違ったアプローチができるんじゃないかというのがこの番組の趣旨なんです。」
なるほど。とはいっても、俺はいつだって心のあるがまま最短距離で解決するアプローチしか持ってない。
「シルフ、そういうお前は自分が挙げた3つはどうやって折り合いをつけてるんだ?」
「それを言っていいの? 番組が終わっちゃうよ。」
「大丈夫です。シルフさんのお考えをぜひ教えてください。」
そう言われたので、俺は執着しないこととセルフマネジメント、そのためのメタ認知、吐露することが大事と答えた。
「吐き出すというのは誰かに話すということですか?」
「うん。俺の場合は船のAIに話すことが多いかな。」
「AIにですか?」
「意外かな? 俺の人生のほとんどは宇宙空間で一人だからね。探査地は未開発だから量子通信がないから誰かとコミュニケーションをとることもできないし。目的地に赴いたら数光年は離れていることはザラだから返事が返ってくるまで数年かかるしね。」
「一人で寂しくないのですか?」
「幸いなことに船のAIがおしゃべりだからあまり孤独という気がしないね。というか、オカの人たちはAIとはあまり会話しないの?」
「あまり話さないなぁ。」
ジンが答える。パーソナリティのお姉さんも同調する。もしかして俺って異端なのかな? まあ、別にいいんだけど。
「そういえば、シルフの船、グリーンリンクスのAIは中々に優秀で…」
話題がリンクスの話になって、ずいぶんと盛り上がったところで番組は終わった。
グリーンリンクスの修理の状況を確認しにエイトシックスに訪れる。もっとも、リンクスは稼働しているから状況はある程度分かってるけど、作業を見ておきたいと思ったからだ。
「おう、シルフ。先日はラジオ出演、ありがとうな。結構評判がいいようだぞ。」
「それは良かった。あんなのでよかったのかな。」
「俺もいつの間にか番組に忖度していたことに気が付いたよ。今後はお前のように思うがままのまっすぐな回答を心がけるよ。それと話は変わるけど、リンクスの様子だけどな、痛んでるのは外郭だけじゃなくてメインフレームもずいぶんと歪んでるぞ。メーカーも想定してないような過酷な使われ方しているからな。」
それで、話は思わぬ方向に進んでいることを告げられた。
「フレーム修正することも可能なんだが、メーカーからグリーンリンクスの機体を引き取りたいと打診をうけててな。色々解析したいんだそうだ。それで状態のいい機体と交換してほしいんだとよ。もちろん、費用はこっちもちだし、AIも移植できるぞ。」
「俺は問題ないけど、リンクスがどう判断するかだね。」
というのは生命の心と肉体のようにハードとAIは密接な関係がある。ように思う。単純にコピーしただけではコピー前と同じように動かないという例もよくあるからだ。
「リンクス、聞いてた?」
ハンドヘルド端末に話しかける。
「もちろん、聞いてたわよ。私としては機体を交換するのはやぶさかじゃないけど、できれば事前に確認しておきたいわ。私の製造番号を見たらわかるけど、私の船体はかなり初期のロットだから新しい年式にどれくらい対応できるかは現物を見て判断したいの。」
「だってさ。」
「了解。おそらく対応できるだろう。ただ相応に時間はかかるからそこは了承してくれな。」
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