第7話 とらわれのシルフ

7-1 帰還パーティ

 生命探査任務を無事終え帰還した。出発の時と以上に多くの人が出迎えてくれている。こんなことは初めての経験でとても戸惑っている。

「う、たくさん人がいるんだが。」

「シルフ、良かったわね。光学観測で確認する限りでもお出迎えの人は出発時よりも多いわよ。」

 60人ほど集まってくれているらしい。そして、サプライズで帰還祝いのパーティを開いてくれることになった。

 この任務の依頼主であるイシドル教授、不在時の留守を預かってくれたベーダさんもいる。40年経過しているのでさすがに年齢を感じる。

「シルフさんはお変わりありませんね。」

 初老になったベーダさんが声をかけてくれる。

「まあ、ほとんど仮死していたので2,3年分しか代謝してませんからね。イシドル教授もお元気そうで安心しました。」

「もうすっかりじいさんだよ。君が戻ってくるまで生きていられてよかったよ。ずっとお礼を言いたかったからね。それにお土産があるんだろう? それを見るまで死ねないよ。」

 出発時にすでに60近いイシドル教授はそろそろ100歳近くになる。もっとも、ほとんどの病気を克服した現在においては事故などに気を付けていればホモサピエンスであっても120歳ぐらいまでは生きられるケースは珍しくない。イシドル教授は引退しても尚、精力的に活動しているため痴呆とも縁遠い。俺のお土産、生体サンプルが彼の活力となったのなら俺もうれしい。

「君とX46が集めてくれたデータはとても有用なものだったよ。他にも星系の状況を詳しく知れたことも大きな発見だ。君が出発してすぐに私は引退してしまったが、私の老後をとても豊かなものにしてくれたよ。改めて礼を言わせておくれ。」

 長いこと、この仕事をしているけどこういう風に感謝されたことは初めての経験でとても誇らしい気持ちになった。

「こんな風にお祝いまでしてもらって、こちらこそありがとうございます。こんな事初めてでとてもうれしいです。」

「いやいや、これ以前の探査任務は探査局を介していたから距離があったけどね、毎回、我々は感謝していたんだよ。遅くなってしまったけど、過去の任務のお礼もこの場で改めてさせていただければと思う。」

 そう改まって言われるととても恐縮する。だって、以前の俺は言われたことをこなすだけでその後ろにどんな人たちがいるかなんて考えたことがなかった。それじゃあ、無人探査と変わらなかったわけだ。今回の任務で初めて自分が何をしていたのかを知ることができた。

「いいえ、今回の任務まで、俺は言われたことをやってただけでした。お礼を言われるようなことなんて。」

「それでも、君の仕事は科学に大きな功績を残しているんだよ。誇り給え。」


「ボス、俺のことを覚えていますかい?」

 ジーニーが話しかけてきた。

「お前もいたのか。留守番ありがとうな。」

「いたのかって、そりゃないですぜ。今じゃ、ヤマネコ便の番頭代理をやってるんですぜ。」

 出発前にヤマネコ便の方はヒトの番頭に任せていたんだけど、その人はもう引退して中央星系に引っ越してしまったらしい。その後はジーニーが預かっているのだとか。代理というのは代表の俺から正式に辞令を出していないからということらしい。

「それは申し訳なかった。もうお前さんにまかせてもいいかな。」

 俺がそう言ったところで、ベーダさんが話に混ざる。

「シルフさんの機材の管理は今ではジーニーさんがやってるんですよ。」

「ベーダさんに監督してもらいながらな。」

 なるほど。それなら安心だ。


「ところで今日はサプライズゲストもいるんですぜ。」

 サプライズゲスト? 誰だろう?

「久しぶりじゃな。」

 声質に似つかわしくない年よりめいた話し方。その声には覚えがある。

「マスター!」

 俺のゼロGカラテの師匠であるマスターキャット先生だ。ちなみにこの人もエルフである。この星系には俺の知る限りでは4人のエルフがいる。俺、ジーニー、宇宙船のチューニングショップのエイトシックスのジン、そしてマスターキャット先生だ。

「まったく、ベルトをやってから一度も顔を出すこともないとはとんだ薄情者だの。まあ、おぬしの活躍は調べずとも勝手に入ってくるから元気していたのは知っていたがの。」

「俺もマスターが元気なのは確信してましたよ。マスターは病気や事故で死ぬようなタマではありませんから。」

 それは俺の偽らざる本音。でもまあ、確かに顔ぐらい出すべきだったかな。

「どれ、お前の腕前が訛ってないか見せてみろ。」

 言われた通り、俺はネコの型の奥義、ゴロゴロをやってみせる。ゴロゴロといってもゴロゴロ寝転がるのではなく、ネコがご機嫌の時に出すゴロゴロとした音を丹田だから出す技だ。ネコの型を打つのは恥ずかしくはないが大勢が見てる前でネコの型を打とうものなら色々と面倒くさいことになることは分かり切っているからあまり目立たないことをする。

「す、すげえぇ。これじゃあ、俺が負けたのは当然だったんだ。」

 ジーニーが驚愕する。

「うむ。中々に練られておるの。関心じゃ。」

 ジーニーはこれのすごさがわかるようだ。この技術は横隔膜を使い内蔵を上下させ音を出している。丹田、つまり自分の重心を動かせるということだ。これは取っ組み合いにおいても末端部位を使わずにモーメントを操作できるということ。

「ジーニーはマスターに師事してるのか?」

「はい。マスターにお世話になってやす。ボスが出発した直後からですから、40年近く通ってますぜ。それでもボスにはちっとも並べていないことがよくわかりやした。」

 ずいぶん、殊勝になったものだ。まあ、マスターに自信をぽっきり折られているだろうし、それでもなお、続けてるんだから大したものだ。

「マスター、ジーニーはどうですか? 彼も中々だと思うんですけど。」

「そうじゃの。芯がよく通っているがまだネコの練りが甘いの。とはいえ、オヌシに追いつくのは時間の問題じゃ。オヌシが先輩として壁になってくれるといいんじゃがの。」

 マスターが言う芯とは正中線のこと、力を伝えるのには正中線をしっかり軸として身体操作する必要がある。それに自分の正中線を鍛えるとあらゆるものの重心を見極める事にもつながる。一方、ネコの型は体を柔らかく使い、モーメントを制御することに特化している。この二つがゼロGカラテの基本であって奥義であると俺は教わっている。

「シルフ、お前のネコはわしが見てきた弟子たちの中でも随一の物だが、いかんせん芯が弱い。質量を言い訳にせず芯も鍛えよ。」

「俺はいいですよ。組手で勝ちたいわけじゃないですから。」

 そう。おれはあくまでゼロGでの身のこなしを身に着けるために取り組んでるだけで目的が違う。そもそも護身術としてカラテをふるうなんてあってはならないことだ。

「何を言うか、芯を鍛えるとは心をきたえることじゃ。技術ばかり身に着けてもろくなことはない。西暦時代から武道とはそういうものじゃ。」

「こんな場で説教は勘弁してくださいよ。」

「それもそうじゃな。すまんの。久しぶりに会ったものだから、ついの。許しておくれ。今度、道場に顔を出せよ。ジーニー、引っ張ってくるんじゃぞ。」

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