7-3 拉致・監禁
リンクスの修理が終わらないと俺はやることがない。退屈してたらジーニーがゼロGカラテの道場に行こうと誘ってくれた。あまり気乗りしないがマスターが顔を出せと言っていたのでしぶしぶ行くことにした。俺はマスターが正直なところ苦手。
「ピーコック、久しぶり。」
「シルフ様! お久しぶりですぅ。お姉様と久しぶりにランデブーしたかったんですが大規模メンテということで残念ですぅ。」
もうとっくにピーコックの権利はジーニーに返してるが名前はそのままにしてくれている。もっとも、ピーコック自身が気に入っているから相応の抵抗があったのは火を見るより明らかだ。
ピーコックに搭乗しているのはゼロGカラテの道場は宙域にあるからだ。オカでは0Gをつくれないからね。
「よく来たな。シルフよ。」
マスター自らが出迎えてくれる。まあ、もっとも辺境のカラテ道場なのでマスターは達人とはいえそれほど門下生がたくさんいるわけでもないからな。
と、思いきや、道場に行ってみると門下生が50人はいた。
「ずいぶんと門下生が増えていますね。」
「ああ、おぬしのおかげでもあるぞ。」
「どういうことですか?」
「知らんのか。おぬしとジーニーが闘った映像が出回っておるのじゃ。」
知らんかった。
「早速で悪いが、ちょっくらアップしてジーニーと組手をしてみてくれ。」
「え、嫌です。」
当然断る。型を打つのなら良いけど、組手は嫌だ。殴られたり技をかけられたら痛いもん。
「ここに集まってる者はお前たちの立ち合いが見たいのじゃ。」
「嫌です。」
断固として断る。痛いのは嫌だ。
「俺が一方的に殴るのならいいけど、殴られるのは嫌です。」
「攻防が見たいのだからそれじゃダメなんじゃ。」
まずいなぁ。自走してきたわけじゃないから逃げられない。これって完全に図られてるんじゃなかろうか。
「まあ、断るという選択肢はないがの。さあ、皆の者ども参れ。」
マスターの合図で道場の重力が0Gになる。それがゴングかと言うように門下生たちが俺に襲い掛かる。無理やりすぎるよ。俺はバイオレンス展開が嫌いなんだ。勘弁してくれ。
そうは思いつつも、殴られそうならそらして投げる。0Gで人が密集すればピンボールみたいに弾かれる。どいつもこいつも0Gでの身のこなしがなってない。
「わかったろう。何十人も雁首揃えてても0Gでの身のこなしはこんなもんじゃ。おぬしが突出していることがよくわかるの。」
「そろそろ、体もあったまったろ。」
背後からジーニーの不穏なセリフが聞こえた。と思った刹那、いつだかの再現のように回し蹴りが飛んでくる。インパクトの瞬間に横隔膜を使い重心を少し動かす。重心を外したので蹴りで得たエネルギーで俺はその場で風車のように回る。そのモーメントを使って俺に蹴りをくれた主、ジーニーを地面にたたきつけた。この動きはそのいつだかにマスターならどうするかを想像した動きそのもの。
「ふむ。乱取りでそれができるのならまずは合格じゃな。」
「何が合格ですか。何を企んでるか知りませんけどそれには乗りませんからね。」
どうせろくでもないことを企んでるに違いない。思い通りになるものかよ。
「ここから出たいならわしを倒すしかないぞ。」
「冗談言わないでください。」
マスターは言うが早いが仕掛けてくる。初動が読めない動きで床を滑るように歩いて近づいてくる。ちょっとでも上方に反力が生じるとその動きはできない。つまり地面を蹴って出来たベクトルが水平以下に生じているということ。俺は逃げる事しかできない。
「追いかけっこか。懐かしいのぉ。」
追いかけっこにすらならない。あっという間に追いつかれ掴まれた。終わった。
肩を押されモーメントが生じる。以前、門下生だったときは成す術もなかったが、今はそれほどの絶望感はない。地面とのクリアランスが冷静につかめている。マスターは投げを打つが俺はそれを冷静に見極めモーメントを操作して地面だか壁に叩きつけられることを防ぐことができている。自分の成長を正直に感じることができた。
「うまくなっておるの。ネコは十分に練られているの。」
マスターが手を放し距離ができた。刹那、マスターが猛獣に見えた。俺は直感した。これはやばいやつ。
俺はこれから何が起きるのかを想像するのをやめて、子供のように泣いた。
「もう嫌だぁ。どうしてみんなして俺をいじめるんだよぉ。リンクスぅ。」
「な、泣くやつがあるか。」
マスターがあきれている。
そりゃあ泣くよ。俺は非暴力主義者なんだ。降りかかる火の粉は払うけど、自分から殴ったりはしない。さっき、自分が一方的に殴るならいいって言ったって? そうだっけ。とにかく俺は痛いのが嫌なんだ。カラテの腕前を誰かと競い合いたいという気持ちもない。
「とまあ、ちと強引じゃったがこやつが代表で異議のある者はおるか?」
マスターが訳の分からないことを言ってる。
「反対者なし。というわけで、次の星系ゼロGカラテ大会の辺境星系代表はシルフじゃ。」
そういうことだったのか。
「嫌です。嫌に決まってるでしょ。ジーニーで良いじゃないですか。型打ちだけならいいですけど、組手は嫌です。」
「他の星系ではネコの型が継承されておらんのじゃから、そんなことしてもおぬしが笑いものになるだけじゃぞ。」
痛い思いをするぐらいなら笑われる方がマシだ。
「だいたいさ、体重別・男女別でもない組手なんて危険すぎるよ。俺の肉体はその辺の女の子以下の筋力しかないんだよ。」
「わしはおぬしと似たような体格の女じゃが連覇して殿堂入りしておるぞ。」
俺はマスターじゃないもん。もう帰る。
「ジーニーが出ればいいじゃん。出たいやつが出たらいいんだよ。」
「俺はボス、いや、シルフ先輩に出てほしいですから。」
ジーニーがはしごを外しに来た。
「そんなこと言うのか。お前との友情はこれで終わりだ。早く帰してくれ。」
「そんなこと言われてもダメですぜ。出場すると言うまで帰れませんぜ。」
そんなの犯罪だろ。監禁罪だぞ。そういや、こいつはそういうことするやつだった。
「リンクス、リンクス! 助けて! 悪いやつらにいじめられてる!」
俺は幼児がヒーローに助けを呼ぶようにリンクスに助けを求めた。ハンドヘルド端末にいくら叫んでも返事はない。圏外だ。ネットワークが意図的に遮断されているということか。そもそもリンクスはドックで修理待ち。俺の声が届いても来ることはできない。
「嫌だー。やめろー。俺はやらない。やらないってばぁ。」
俺にできる抵抗は無様に泣くしかない。駄々をこねて相手が折れるのを狙うのだ。
「こんなに嫌がってるんですから、やっぱりジーニーさんが出るべきじゃ…。」
そんな声が門下生たちから上がってくる。しめしめ狙い通りだ。
「こんなの演技じゃ。」
マスターには看破されてる。泣くのって意外に疲れるし、事態が好転しないのならそろそろやめよう。
「わかった。出場するけど、すぐに棄権する。それでもいいなら出るよ。」
「まあ、それで良いぞ。そんなことはできんのじゃがな。」
「ボス、すまねえな。」
拉致・監禁され2日目。
「シルフよ。おぬしに奥義を授ける。よく見よ。」
「要りません。ジーニーにでも教えてやってください。」
もう意地だ。ハンストでもなんでもしてやる。
「そう、意固地になるでない。おぬしが最もここの代表としてふさわしいのじゃ。先日の乱取りでそれを証明してしまったじゃろう。」
痛いのが嫌だったからだよ。
「奥義って、猛獣が見えたあれでしょ。そんなの要りません。」
「そうは言うな。わしの奥義を授けるにふさわしいのはおぬししかいないのじゃから継いでおくれ。」
「マスターだってエルフなんだから、しばらく死なないでしょ。急いで俺が継ぐ必要なんてないでしょう。ジーニーを育てて彼に授けたらいいじゃないですか。俺はネコの型で十分ですよ。」
俺の意思は固い。意固地モードの俺はそう簡単には説得されないぞ。
「ところで、ジーニーが以前に通っていた道場の流派を知っておるか。」
マスターは話を変えてきた。
「知りません。そもそもゼロGカラテに流派とかあるんですか?」
「あるぞ。各星系に2つずつぐらいある。12の主流な流派があって、わしらのはそこから外れた流派じゃ。」
ふーん。全然知らなかった。全く関心が沸かないけど。
「おぬし、干支は知っておるじゃろ?」
「えと? 知りません。」
なんか聞いたことがあるような気もするが、頑張って思い出すような努力もしたくないから反射で会話してる。
「なんじゃ、西暦時代を専門分野としておるのに知らんのか。12を一回りとしてそれぞれの番号に動物を割り振った概念じゃ。」
「それがゼロGカラテとどういう関係が?」
食いついてしまった。失敗。
「12の流派というのはその動物の型が割り振られておるのじゃ。分かりやすいじゃろ。そして、ジーニーがやっていた流派というのはサルの型を継ぐ流派なのじゃ。」
だからなに?って感じ。
「おぬし、感じ悪いぞ。いい加減、機嫌を直しておくれよ。この通りじゃ。」
たしかに、意固地になりすぎた結果、マスターや門下生たちに不遜な態度を取ってしまったのは反省すべきことかもしれない。でもさ、やりたくないことを無理やりやらせようとすることは許せないんだよ。返り討ちにしたから良いものの一歩間違えれば集団リンチじゃないか。
とはいえ、曲がりなりにも恩義のあるマスターをこれ以上困らせるのも気兼ねし始めたのも事実。ここいらで折れておくか。
「はい。俺も少し意地になりすぎてました。」
「いや、わしらも強引じゃった。おぬしの気持ちも考えんでな。」
なにか落としどころを考えないと。
「それじゃあ、奥義を授けるから受けてくれるか。」
「痛くないなら。」
「痛くない。痛くない。ちっとも痛くない。じゃから安心するがよい。わしが型を見せるだけじゃから。痛いわけがない。」
そういって、マスターは型を打ち始める。初めて見る型だ。おそらくこの道場に通っていた時にはこの型の意味はわからなかっただろう。ネコの型が身に着いている今だからこそこの型に含まれている術理が想像できる。しなやかさと力強さ。それを両立する動き。マスターが以前に言っていた芯とネコ。それらが両立している型だ。
「できるか?」
一度、マスターの動きをトレースし、マスターの型を見て思った考えを確認する。おそらく間違ってない。
「なかなか良い筋じゃ。どう思った?」
「この型は猛獣、虎かなあ。」
「獅子じゃ!」
獅子、ライオン。図鑑でしか見たことないけど。
「つまり、わしらの流派の目指すところはネコではなく獅子なのじゃ。わしは長年この道場でカラテを教えておるが獅子の型を教えたのはおぬしが初めてじゃ。誇るがよい。」
といってもあまりうれしくないが。
「あまりうれしそうじゃないのぉ。まあよい。ちなみにおぬしが誤った虎の型というのもあるぞ。そもそもわしらの流派のネコや獅子の型は虎の型からの派生じゃからの。他にもチーターやジャガーの型もあるぞ。」
「いえいえ、光栄に思ってますよ。なんだかんだと俺のことを認めてくれているということですから。」
これは偽らざる本音。わがままを言っても俺のことを認めてくれているのだから。マスターは俺が甘えられる数少ない人であることを認めざるを得ない。
「そう思っているのなら大会で少しは本気をだしておくれ。」
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