5-5 ネコの型?

 リンクスはピーコックにドッキングして運ばれることになった。この騒動で燃料が心もとなく、燃費を重視した比較的低速度での慣性航行をする必要があったからだ。

 慣性航行は加速も減速しない0Gによる航行だ。たとえエルフでも長時間の無重量は落ち着かないからできれば控えたい。なので、ピーコックでベースへ向かうことになったのは俺にとっても好都合だ。リンクスも楽ができるからご満悦だし、ピーコック自身もリンクスとくっつけるのがうれしいらしい。三方良しだ。

「ベースへ向かう前にL2ラグランジュポイントのゼロGドックへ寄りましょう。」

 と、リンクス。

「なんで?」

「この子、標準アーキテクチャじゃない。この状態でベースで滞在するのは危険だわ。」

 なるほど。確かにベース滞在でオープンネットワークに接続するとハッキングされる可能性がある。その前に中継ドックで再構成するということか。以前にリンクスが航行中に自己アップデートを試みたことがあるがあれは例外中の例外だからね。

「辺境ってぇ、恐ろしいところなのねぇ。」

 まあ、辺境には法律という法律はないからね。統治AIであるビッグシスターの気分次第。

 そのビッグシスターを動作させてるコンピューターのアーキテクチャのアライメント(コードスペクトラムの中央値からの乖離具合)はとても大きいことがわかってる。

 アーキテクチャはそこに実装されてるAIの人格というか気質に影響するという話も聞いたことがある。つまり、ビッグシスターは辺境随一の変わり者といえるかもしれない。

 リンクスも相当な変わり者だ。なにせ、強力な量子コンピューターを中心に据える中央集権的な実装を持つアーキテクチャが一般的なところ、小型コアによるクラスターであるから。ビッグシスター含めて辺境で一般的なコンピューターのアーキテクチャとは対極にあると言える。


「ところでボス、俺の型を見てもらいたいんですが。」

 ジーニーが話しかけてきた。

「ボスって、俺のことか? 型を見るのは構わないけど、ボスなんて呼び方はやめてよ。」

「ボスはボスですから、シルフさんでは他人行儀でしょ?」

 俺はつくづくこういう問答が苦手だ。早々に折れてしまった。

「うーん、好きにして。」

 言うが早いがジーニーは早速型を打つ。西暦時代から続くという伝統的な型から始まり、ゼロGカラテたらしめるモーメントをコントロールする型へと続く。

 型稽古は型のもつ意味を解釈し、それを実践することで身体操作を上達させ、その動きに必要な体を作り上げるのだ。ジーニーの動きはブラックベルトを持っている俺から見ても中々よくできてると思う。

「あれ? ネコの型は?」

「なんですか? それ?」

 ネコの型、ゼロGカラテのなかでもとりわけ重要な型だ。動物の動きを模倣した拳法に由来するらしい。ネコは逆さ向きに落とされても足から着地できる。それは上半身、下半身で別のモーメントを発生させ、その合成ベクトルによって空中での身体操作をする。そんなネコの動きを型として伝えたものがネコの型だ。

 ジーニーに蹴られて正しく受け身を取れたのもネコの型の応用だ。

 重要な型が失伝している? もしかしたら別の型に統合されているかもしれないが、先ほどのジーニーの打った型からは俺には読み解けなかった。

 とりあえずやって見せた。箱座り、伸び、毛づくろい、威嚇、驚きからの飛びあがり、そして捻り。静と動、ネコの可愛さを全身で表現した。

「ふざけてんですかい? いくらなんでも可愛すぎますぜ。でっかいネコが目の前にいる錯覚を覚えましたぜ。」

 ジーニーが不機嫌と驚きが混じった声で聞いた。

 もちろん、ふざけてない。そういう型だからだ。

 一見、ふざけているように見えるかもしれないけど、身も心もネコになることでネコの身のこなしを身に着けることができる。これはそういう型なんだ。

「至って真面目だよ。この型の真意を見抜けないうちは0Gでのグラップルで俺に勝てることはないな。」

「いや、でも、いい大人がこれをまじめにやるのはいくら何でも恥ずかしすぎますぜ。最後の捻りの動きだけじゃだめなんですかい?」

「ダメだよ。形意拳は見かけだけまねるのではなく、その動物に身も心もなることが目的なんだ。ネコの型でオマエはネコになるんだ。ネコになったとき、オマエはモーメントを支配できる。」

 珍しく熱く語っちゃったぜ。ちなみに、俺にゼロGカラテを教えてくれたマスターキャット先生はネコの群れに混ざればネコたちはマスターをネコと完全に勘違いしていたネコっぷりだった。そしてそんなマスターは誰よりも0Gでの身のこなしがうまかった。俺の知る限り、マスターより華麗なゼロG機動をこなせる者には出会ったことがない。

 ジーニーの蹴りをマスターが受けていたらどうだったろうか? 俺はきれいに重心を捉えられてしまいあっさり吹き飛ばされた。マスターなら瞬時に重心を外し、蹴りの威力をモーメントに変えて相手にお返ししていただろう。

 俺がマスターに蹴りや突きを放ってもそのたびポイポイと投げられたものだ。

「あら、シルフ、どうしたの? 笑ってるわよ。」

 つい、思い出し笑いしてしまった。さっきジーニーに言った「ネコになれ」は俺もマスターによく言われたセリフだった。

 マスターには遠く及ばない俺が他人に講釈を垂れるところをマスターが見たらどう思うか。そんなことを考えたら少しおかしくなってしまったのだ。

「いや、真面目な顔でネコになれって言うの、改めて考えたらおかしいよな。って思ってさ。」

「たしかに。」

 みんなで笑った。なんかこうして面白いことを共有するとわだかまりが解けた気がする。ジーニーと子分たち、そしてピーコック。新しい仲間ができたようでうれしかった。

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