第6話 共闘
6-1 レッツ探査
特急便と言えばヤマネコ便とこの辺境はすっかり評判だ。おかげで近頃は惑星探査どころではなかった。最近は配送先に探査依頼のDMを配ったりしているがそれでも一向に探査の仕事は入らない。そりゃあ、一般の人が探査の依頼なんて出してくれるはずもないし、パトロンになってくれることもない。
ただ、ヤマネコ便として働きたいという人は何人か出てきた。特急便というのは需要があるということだろう。
操船AI、TAKUMIのリリースによりZX-F86の価値も随分と上がり、そのノウハウを持つエイトシックスは大繁盛だ。その下取り船を運送仕様に仕立て直してヤマネコ便をやりたい人にリースするというエコシステムが完成し、また、はからずとも不労所得を得ることができるようになった。儲かって仕方がない。
というわけで、金のめどがついたので念願の個人惑星探査事務局の営業を本格化するに至ったのである。
とはいえ、今までは惑星探査事務局 (本物)から指示されて探査していたので、探査目的とかそういったことを自分で設定することはなかった。目的と手段が逆転しちゃってたんだよねぇ。
まずは営業だ。セールスだ。学術機関だとかアマチュア学者に売込をしたが、成果はない。やっぱり有人探査はすでにAIの探査より格下扱いされているということだろうか。リンクスはともかく俺がボトルネックなんだろうな……。
「なあ、リンクス、自費で探査に出れるくらい貯金ができたし、ここいらで一発勝負したいんだけど、なんかアイデアはないかな?」
単刀直入に訊いてみる。
「無人探査機についていって、成果を横取りしちゃうっていうのはどうかしら?」
リンクス、恐ろしい子!
横取りというのは置いておいて、確かに無人機による調査内容は事前に告知されている。勝手に行って調査内容を真似してしまうのは一つのアイデアかもしれない。つまり、有人探査においても無人機と同様の調査ができることの一例を示すということができる。
「それもいいかもな。でも、無人機は速いじゃん。ついていけるのか。」
「それはシルフ次第よ。」
ははは、さすがに冗談だよね? 無人機は20Gとか30Gで連続加速するんだぞ。数分ならとにかく1日も持たない。先日だって15G 1時間でぐったりしてしまったし。
「えっと、どこまで本気なんだ?」
「本気も本気よ。あ、最新機と張り合おうとしてないかしら? 旧式の無人機なら連続加速はせいぜい5G程度よ。それに最高速は0.5Cくらいだから私の方がずっと速いわよ。」
我らがグリーンリンクス号も旧式だが、それでも0.9Cまでスピードが出せる。ZX-F86は安価に亜光速を体験できる数少ない機種だ。とはいえ、0.6C以上のスピードは航続距離がダダ落ちしてしまうため、標準巡行速度は無人機と同じ0.5C程度。連続加速は俺の頑張り次第だけど10G以上で加速することができる。たしかにやってできないことはないか。エルフは度胸。チャレンジだ!
「よし、ならば具体的な計画があるんだろう?」
「もちろんよ。近い順に紹介するわね。一つは6光年の西暦時代レガシーの調査。もう一つは8光年の生物探査。最後も生物探査で、」
と、リンクスが言いかけたところを静止した。
「ちょっとまった。生物探査はNGだろう。」
生物探査は生態系への汚染が懸念されるから有人探査は基本的にNGとされてる。
「平気よ。生態に影響のない範囲外から観測するだけなんだから。別の星系ではそんな風に探査してるわよ。辺境の探査局が自主規制してただけよ。」
それじゃあ、生物探査にチャレンジしてみようかな。
「言いかけたもう一つは12光年よ。どうする?」
「まあ、近い方だね。」
「こんにちは。惑星探査員のシルフです。」
挨拶は社会人の基本。有史以来変わることのないマナーだ。
せっかくだからとこの探査依頼を出した人に話でも聞いてみるということで生物探査依頼を出しているイシドル教授にお話を伺いにきたのだ。
こちらが研究に興味を抱いていることを話すとイシドル教授はぺらぺらとよくしゃべってくれた。探査で測定したい項目はいくつかあるか、探査機のペイロードの関係でできないことが多いと嘆いていた。つまり、その隙間を俺が埋めることができれば役立てるということだ。意外なところにニーズが転がっているものだ。ここ数年、探査機器をしこしこ買い集めてたので機材はばっちりなので役立てそうだ。
俺の提案はすんなり受け入れられた。今回は個人として初の任務だから実績を付けるために費用の一部を負担するというのも決め手になった。古今東西、研究に予算はつきものだからだ。
そして、俺が手あたり次第観測機器を集めていることは意外な話に転がった。というのも、俺が探査で出かけている間、その遊んでいる機材をリースするというのはどうかと提案してもらったのだ。なるほど。半ばやけくそで儲けは度外視していたからそういう商売があることは盲点だった。
その視点をもらったことだけでも儲けものだ。そして、教授はその管理をしてくれる人を紹介してくれるとのこと。渡りに船とはまさにこのこと。
探査機材は手あたり次第に買ってると言っても、俺が過去に使ったことのあるものばかりだ。持っていても使ったことがないというのでは格好がつかないし、中古品なんかはメーカーのサポートが受けられなかったりするから事前にある程度使える物だけ厳選している。まあ、キャリアのなせる業だね。
探査で使える機材は、高Gや長期間の影響に耐えられるものだけだ。俺の選んだ機材はそういった経験が積まれているから貴重なのだ。
動いてみたら意外に俺の仕事はうまくいくかもしれない期待感が増してきた。よーし頑張るぞー。
「概ね、リンクスの言ったとおりになったぞ。ついでに、探査の間、あそんでいる機材をリースしてはどうかという提案をもらってね、その管理もやってもらえそうだ。」
「そう。それは良かったわね。機材の目録はすでにできてるからスムーズに事が運ぶはずよ。」
購入済みの機材は購入の都度情報を入力してるからね。機材の履歴管理の重要性は俺も身をもって知ってるからそういったことはマメにやってる。ちゃらんぽらんに見える俺もやることはやってるということだ。
「こんにちは。イシドル教授から紹介をされてきたベーダです。」
例の機材を管理してくれるという人が早速来てくれた。彼はイシドル教授の研究室へ出入りする業者で、いろいろなメーカーで経験を積んでいてとても信頼ができる人だそうだ。
機材を置いてる事務所へ行く。個人事務局を開いたはいいけど、俺の居住場所はもっぱらグリーンリンクス号でほとんど事務所にいることはない。それで事務所はほとんど倉庫代わりのようなものだ。
「事務所は倉庫代わりと言っていた割にきれいにされてますね。」
まあ、事務所としては機能してないけどね。もっぱら先日の海賊騒動で雇い始めたジーニー達のたまり場として使われてて、彼らにこの事務所の維持を任せている。ヤマネコ便の仕事はいまいち要領が悪くて若干心配していたが客観的に見てキレイと称される程度には掃除ぐらいは出来るようだ。
「機器の管理もちゃんとされてるようですね。」
それは俺がやってること。探査前に持っていく機器の確認は探査員の重要な仕事の一つだ。地上で機器のメンテナンスを行うことで機器の使用方法を覚えることもできるし、トラブル時の対応なども身に着くからね。
「教授からは選りすぐりの機材をそろえていると聞いていますよ。見たところ私も自信をもって売り込んでいた機器がそろってますね。」
自分の目利きを褒めてもらえるというのはお世辞でもうれしい。
「専門家に褒めてもらえると照れますね。長いこと活動してたからやみくもに多くの機器を使いましたから。長い航海に耐えられる機器はそう多くないですし。」
「いえいえ、そうした現場の意見が最も重要ですから。特に長期間の航海での使用は多くの機器では正式には対応してませんからね。なので現場目線での目利きのご意見はとても貴重ですよ。」
有人探査自体は打ち切りになったけど、無人での探査は今も続いているからね。無人探査においても多くの観測機器は今後も使われる。そういう意味だと、敵に塩を送ってるようなものだけど……。
「そろそろ本題に入りましょうか。今度の探査では先行する無人探査で不足する分を補うということでしたね。」
そう言いながら、ベーダさんはイシドル教授から預かっていたというリストを参照しながらすんなりと必要な機材をピックアップしてくれた。そして、長期探査で必要なメンテナンスを改めて教えてくることになった。
「経験豊富な探査員の方には釈迦に説法かもしれませんが…。」
「いいえ、さっきまでの会話でまだまだ知らないこともあると思ったので是非お願いします。」
といった感じで、色々教わった。メーカーの人しか知らないようなことも教えてもらったのでとても有意義だった。おそらくリンクスも知らないだろう。
「教えてもらったことからすると、無人機では対応難しそうですね。」
「ええ、ですから有人探査の打ち切りは私たちには困ったことなんですよ。なのでシルフさんにはとても期待してるんです。ぜひ成功させましょう。」
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