博士じるしのおバカスイッチ

ちびまるフォイ

ばななだけかんがえていたい

「なんてことだ! もう打つ手がないなんて!」


博士はモニターを見ながら悔しがった。

けれどそれはもう避けようが無いことを示していた。


人類でも優れた叡智の博士を持ってしても不可能。

それならばと博士は別の装置を作り出した。


「できたぞ! 強制おバカスイッチだ!」


博士は迷わずスイッチを押した。

それまで瞳にともっていた知性の火は消えた。


「 ば な な 」


博士は口をぽっかり開けて言い放った。

博士というのもおこがましく感じるほどの腑抜けた顔である。


「わぁ、ちょうちょだぁ。それに今日はいい天気。

 なんでこんな狭いけんきゅーしつにいるんだろう」


博士は外に出てお散歩をはじめた。

さっきまでの不安はどこへやら。


気持ちいい風。

楽しげなにぎわい。

良い天気で気持ちがいい。


「ああ、ぼくはとっても幸せだ!」


博士はすっかり幸せだった。

あれこれ悩んでいたのが嘘のよう。

今では何に悩んでいたのかさえ理解できない。


スイッチを押してから博士は研究室にも行かなくなった。

おバカになってしまったのでなんの研究していたのかもわからない。


でも博士は毎日幸せだった。


「おいしいものを食べて、毎日気持ちよく眠れて。

 ぼくはとってもめぐまれてるなぁ!」


テレビでは毎日悲劇的な報道をしている。

ネットを見ればいろんな人が誹謗中傷をしている。


でも博士はわからない。

だっておバカになってしまったから。


彼らがどうして争っていて、どうしてそこまで悲観的なのか。

理解できないし考える力も残っちゃいない。


「ぼくは毎日たのしく生きられればそれでいいんだ~~」


博士は鼻水をたらしながら今日も楽しくお散歩をしていた。

そんなある日のことだった。


すやすやと博士が眠っていると、借金取りがドアを蹴破って入ってきた。


「おうおうおう!!! いつまで逃げるつもりじゃ!」


「わぁ!? なんですか!?」


「貸した金はよう返さんかい!

 利息が膨れ上がって、国家予算超えてるんじゃボケェ!!」


「ええ、ぼくしらない!」


「バカいえ。ここに契約書が、お前の名前で書いてるだろう!?」


「こんな漢字の多い紙切れなんて読めない!」


「お前がなんと言おうと、もう言い逃れはできんぞ!」


「わからない! もうわからないよぉ!!

 なんでそんなに僕へ難しいことを言うんだ!

 ぼくは毎日幸せに暮らしたいだけなのに!!」


博士は逃げるようにおバカスイッチを再び押した。

2度目のおバカスイッチで、さらに博士はバカの底へと落ちてしまった。


「ばなな?」


「お、おい……?」


「おかね? おじさん、だれ?」


「めっちゃバカになってる!!」


さらにバカへと突き進んだことで、

博士は悪い借金取りの言われるがままに臓器を売り渡してしまった。


臓器がなくなり、家を失い、家族とも別れることになったが

すっかりおバカの博士は毎日ハッピーだった。


「きょうも、すてきな、いちにち、だった!」


クレヨンで毎日同じ絵日記を書くほどハッピーなおバカになっていった。

このおバカ具合を知った悪い人たちは、博士をあの手この手で騙していった。


かわいそうな博士。

身ぐるみ剥がされ、何もかも奪われてしまった。


「ああ、なにもかもうしなっちゃった。

 でも大丈夫。ぼくはこのすいっちがあるから!」


辛くなったらこのスイッチを押せば良いことだけ、博士は覚えていた。


博士はこのスイッチが何だったかをもう覚えていない。

でも押せば自分に立ち込める不安や辛さはすべて吹っ飛ぶ魔法のスイッチ。


博士はなんども、なんども。

ストレスがかかるたびにスイッチを押しておバカになりつづけた。


そしてーー……。


「は、博士!!」


助手がかわりはてた博士を見つけた。

博士はもう言葉を話すことすらできず、自分すら認識できていない。

知性の無い植物のような人間へとなれ果てていた。


「博士! 私がわかりますか!? 助手です!」


「あーーうーー」


「だめだ。おバカになりすぎて何もわからない……。

 博士はどうしてこんな悪魔の装置を……」


博士はかつてノーベルすごいで賞を受賞した天才。

宇宙コンピュータの開発で未来予知すらできるようにした人なのに。

わざわざ自分でおバカになるなんて。


「博士、すぐに元に戻してあげますからね」


助手はかつて博士だったものを抱えて研究室へと戻った。

そこには博士が以前に開発した宇宙コンピュータがある。


どうやってコレを作り上げるのかは全くわからないが、

これをどう使うかは助手レベルの知能でもわかる。


「宇宙コンピュータよ、教えてくれ。

 どうすれば博士をもとの知能に戻せるんだ!?」


『おバカ装置を電池を逆さまにして、スイッチを入れてください』


「その手があったか!!」


助手は装置の電池をいれかえてから、博士にスイッチを押させた。

おバカなのでスイッチを握らせれば勝手に押してくれる。


「ばなな」しか言葉を覚えなかった博士の顔に、

いっきに知性の凛々しさが戻ってくる。


「ここは……研究室……?」


「博士! 知性が戻ったんですね!!」


「助手くん……」


「博士が宇宙コンピュータ開発中に

 原因不明の失踪したと聞いて焦りました。

 研究室にもいないし、自宅は売り払っているし……」


「……思い出してきた」


「やっと見つけたと思ったら、めっちゃバカになってるんですもん。

 まったく大変でしたよ」


「すまない。世話をかけたな……」


「でも博士みたいに賢い人がなぜわざわざバカに?」


「これはバカになる装置じゃない。

 知性を制限して、幸福を最大限にする装置なんだよ」


「まあ、多少はおバカになったほうが将来への不安はなくなるでしょうが……」


「助手くん。君はなんでバカになったかを聞いたね?」


「ええ、そうです。知性は財産です。

 それをかなぐり捨てるなんて意味わからないですよ」


「宇宙コンピュータの未来予測シミュレータはもう見たかね?」


「いえまだです。えっと……これかな」


助手は宇宙コンピュータのチャンネルをひねって、未来予知モードに切り替えた。

高度な宇宙コンピュータは数時間後の未来を予測して表示した。


それは避ける方法も無い確定した未来。

博士が最初に気づいた未来だった。


「この星に隕石が……!?」


「ああ。もうどうしようもない。人類はみな滅ぶ。それを知ってしまったんだ」


「そんな……」


「助手くん、なぜ私がおバカスイッチを押したかわかってもらえたかな?」


「いえ……まだ」


「じゃあ一緒にスイッチを押そう」


ふたたび電池を正しい位置に入れ直して、おバカスイッチを起動した。

博士と助手の顔からはみるみる知性が消えていった。



「「 ばなな 」」



おバカになった二人からは将来の不安がすっかり消えてしまった。

隕石がおちて人類がみな滅ぼうがなんだろうが、どうでもいい。

なにも考えられない。


だって、目の前にトンボが飛んでいたんだ!

そっちを考えるほうがずっと楽しいでしょ!

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