第5話 27歳

あの組織がついに崩壊したらしい、と噂で聞いたのは、始も藤太も東京で職について5年ほど経ったころのことだった。学生時代のアパートからは退去したが、まだ一緒に暮らしていた。


「結構持ったね、あいつら」

「始、帰りたいと思う?今なら、組織の目とか、後継とか、責任とか、考えずに済むけど」

「僕の帰る場所は、もうあそこじゃない。そうしてくれたのは、藤太だよ」


感謝してるんだから、と言って、背中を軽くたたいてくる。


キッチンに行く始の背中を見て、そういえば、もう、始には自分と暮らす理由がなくなるのだ、と思った。始は、誰でも相手を選ぶことができる。

自分にはわからない恋をして、相手を作って、人生や家族を作る幸せを、彼は味わうことができる。相手は想像もつかないが、彼の子どもをかわいがる未来があっても、いいのかもしれない、と思った。


「藤太、なんか余計なこと考えてない?」

「余計なことって?」

「いま考えているようなことだよ。どうせ、僕が他に相手を作ってどうこうとか考えてたんでしょ」


図星である。


「なんでわかるんだよ」

「20年の重みってヤツだよ」


なんだか悔しい。


「どこまででも一緒に行こう、って言ってくれたよね」

「確かに言いました」

「約束して、破ったら一万回拳で殴ることになっていたよね」

「ソウデスネ」

「なら、ちょっとお願いがあるんだ」

「なに?」

「一緒に、宇宙に行ってくれない?」


前に、始と一緒に見た、宇宙を背景にした猫の画像が、脳裏をよぎった。


「組織がどうなるか次第で、僕にも責任が生まれると思ったんだ。崩壊せずに指導者が消えたりして、残った人たちが、お金目的の幹部に搾取されたりとかするくらいなら、僕が乗っ取ったほうがいいかとかね」

「それは嫌だな」

「そうなったら、藤太を幹部として連れて行って、一緒に運営してもらうつもりだった。藤太は、僕を裏切らないから」

「そうならなくてよかったよ。でも、そこまで信じてくれてありがとう」

「あの組織も、いま思えば、そこまで悪い組織じゃなかった。高槻様がいたころは、特に。とにかく善行を積ませて、そのご褒美に『祝福』を使って。変に搾取もなくて」

「そうかもな」

「でも、個人の、替えの利かない能力で維持するのは、遠からず限界が来るんだ。僕が残って能力を使っても、僕の代まではいい感じに維持できるかもしれないけれど、次の代に同じ形を引き継げなかったら、結局ダメなんだ」

「うん」

「結局、ひとに良い事しましょう、善良でいましょう、ということに、どう説得力や魅力を持たせて、自分には直接の得があるかないかわからない善行のモチベーション上げるかっていうところなんだよな」


始は、うんうん、とひとりでうなずく。


「お前、指導者の方向に行こうとしていないか?」

「してない。むしろ、宇宙の方向に行こうとしてる」

「そこからどう宇宙になるんだよ」


始は、にやりと笑った。どこかで見た顔だ、と思ったら、高校のころに勉強を教えてもらっていたときの顔だ。


「要は、『祝福』を使えるのが、宇宙人の末裔だけだっていうところに、問題の本質があるんだ。修行とか、何かの摂取でできるようになるなら、それに越したことはないだろ」

「まあね。できるなら」

「たぶん、できるよ」

「なんで?」

「繁殖ってさ、結構近い種じゃないと成立しないんだよ。ヒトと魚の間に子はできないだろ」

「まあそうだな。」

「宇宙人と地球人の間で繁殖できた結果、僕がいるっているのは、どういうことだと思う?」

「宇宙人と、地球人が遺伝的に近いから?」


正解、と笑う。


「地球に来た、地球人と近い宇宙人がさ、なんでこんな能力持っているのか、気にならない?」

「気にはなるけど、宇宙って広いぜ。行っただけで、なんかわかるアテあるのか?」

「実は、この間コンタクトがあって。宇宙人のほうの親戚が、地球の近くに来るらしいんだ。それで、来ないかって、誘われてる」

「俺、着いていってどうにかなるのか?」

「うん。純粋な地球人が『祝福』を使えるようになるかわかるし、僕のモチベーションは爆上がりするから、結構すぐにどうにかなるかも」

「実験台?」

「僕が死にそうになったら藤太に助けてほしいし、僕が離れているときに事故や病気で藤太が死にそうになったりしたら、『祝福』で助けられなかった自分を呪って死にたくなるかも。後を追われるの、嫌でしょ」

「脅しかよ」


始は、藤太の手を取った。


「僕は藤太と離れたくないし、藤太を守れるようになりたいし、藤太と一緒に、誰かのためになることをしたい。ずっと、守られてばかりだったから」

「初めからそう言ってくれよ」

「で、どうなの?」


藤太は、笑った。


「もちろん、始が来てくれっていうなら、どこでも行くさ」


繋いだ彼の手は、淡く輝いた。


藤太が『祝福』を使えるようになったのは、それから五年後のことだった。

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輝く彼の手 kei @keikei_wm

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