第4話 20歳

「崎島君って、いつも笠原君と一緒にいるよね」


と、同期の内田遥に言われたのは、学部の実習が終わったあとだった。内田は、始ほどではないが、大きな目をしていた。


「なんで一緒にいるの?」

「小学校からの親友だから。それじゃダメ?」

「それだけ?」


彼女は、不満そうに言った。意味が分からない。その場は解散した。


自転車でアパートに帰ると、すでに始は帰宅していた。


「お帰り、藤太。今日はチャーハンだよ」


始は、料理に凝りだした。すっかり胃袋をつかまれている。


「まずは手を洗ってきて」

「イエス、マム」


そこはサーにしてよ、と笑いながら、始はチャーハンの皿を並べる。

洗った手を合わせて、いただきます、と言って、チャーハンに箸をつける。ネギが効いて旨い。


「そういえばさ、内田さんに、いつも始と一緒にいるねって言われた」

「ああ、内田さん?なにか、嫌なこと、言われたりした?」

「嫌ではないけど、なんか、疑問があるみたい。なんでだろうな」

「この間、内田さんに告白されて、振ったからかな」


箸が止まる。


「お前、いつの間にそんなことになってたの?」

「内田さんのこと気づかなかったの、多分藤太だけだよ」


そうかもしれない。


「すぐ振ることなかったろ」

「振るしかないし、今後誰が来ても、それが女なら振るしかないよ」


始のそういったことを、そういえばこれまで聞いたことがなかった。


「男でも、女でもいいけど、始、誰か、好きなひとがいるのか」

「組織が崩壊するまでは、子どもを作るわけにも、それを周囲に期待させるような状況になるわけにもいかない、って話」


手元に目線を落としたまま、始は話を続ける。


「こっちの人の血がこれ以上濃くなると、どっちみちだめなんだと思う。でも、あいつらの耳に入ってしまう可能性があるうちは、だめだ。攫われたり、利用されるのは嫌だ。女に興味がないと思われたほうがいいんだ」

「こっちの人って、始、どっちの人なんだよ」


始は、大きな目を瞬かせる。


「ああ、そうか。あのとき、藤太は見ていなかったね」


始は立ち上がって、おもむろにカーテンを閉め、電気を常夜灯だけにした。


「よく見て」


そういって、始は顔の前にてのひらを広げる。その手は、蛍の光の色に、しずかに輝いた。

藤太が、その手に触れると、指が淡く絡む。絡んだ指から、光るなにかが流れ込んでくる気がした。手を離すと、一日の疲れも、蓄積した肩こりも、すべてすっきりと消えていた。


「これって」

「『祝福』だよ。僕が純粋な人間じゃないからできる」


始は、一度目を伏せて、あらためて、藤太の目を覗き込む。


「僕は、宇宙人の血を引いている、その力がある、最後のひとなんだと思う」


それを、否定するだけの材料なんて、持っていなかった。


「まあ、お前が宇宙人でも、ただの人でも別にどっちでもいいよ」

「いいの」

「いまさらだろ。超能力者でも、宇宙人でも、親友には変わりないよ。それより、これからのことだ」

「これから?」


始の手をとる。始の手は、震えていた。


「もし、今後もずっと一緒にいることで、お前が女に興味がないという根拠になって、お前の盾になれるなら、俺はどう思われてもいいよ」


始は、五秒ほど固まったあと、深く息をして目を伏せた。


「藤太にそこまでしてもらうわけにはいかないよ」


始に、ここで遠慮させてはいけない、と思った。藤太を遠くに置こうとしたら、始にとって帰る場所がなくなるから。藤太にとっても、始が帰る場所の象徴だから。


「誰にも言ったことはないけれど、俺は女にも男にも、そういう興味が持てないんだ」


始は顔を上げて、驚愕の顔をした。

ただでさえ大きな目がこぼれそうで、なんだか愉快な気持ちになる。


「お前の宇宙人の末裔という話よりはまるっきり小さいけれど、これが、俺の秘密。こんな歳になっても、どんな刺激的な映像を見ても、何にも反応できないんだ」

「小さいなんて、そんなことない」


始は、手を取られたまま、何度も細かく首を振った。


「ずっと、俺だけおかしいのかと思っていたんだ。俺みたいな人が、少なくないって最近分かったけれど。だから、少なくともこっちは、誰ともそういうことになる予定はないし、それで始が助かるなら、それでいい」


あいつらのこと、がっかりさせてやろうぜ、と言ってやると、ようやく始は笑った。


翌日から、始の作った弁当を大学に持参するようになった。

開くと、わざとらしく桜でんぶでハートが描かれている。やられた。食べてみると、冷めていても、しっかりおいしい。

愛妻弁当だ、と冷やかされて、まあそんなもんだよ、と返す。

自分には恋もわからず、興奮もないが、大事な始の作った弁当には、しずかな愛はあると思った。

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