第2話 15歳

藤太と始は、同じ高校に進学した。12歳のときの約束通り、始の能力については、まだふたりだけの秘密だった。

藤太の身体はどんどん色が濃く、筋肉質になっていったが、始は色が薄く華奢なままだった。ふたりで並んでいると、なんだか不思議な気分になった。あの階段でのことがなければ、始とはここまでは仲良くなっていなかったかもしれない。そう思えば、あのとき落下したうえで、助けてもらえて、よかった。


母親から教義が書かれた冊子を渡されたのは、高校進学のタイミングだった。ざっと目を通したが、行動規範については、至極一般的な、善良な一市民であれ、以外のニュアンスが見当たらない。

ただし、『祝福』については、詳細が書かれないまま、それが明確にある、とだけ書かれていた。


「なに、これ」

「ありがたい、教えよ」

「それはわかるけど、なに、この、『祝福』って。何か特別な祈り方がしてもらえたり、特別なありがたい教えが聞ける、ってことじゃなかったの?」


ほんとうは、知っている。それでも、知らないという印象をつける必要があった。


「藤太くんも、『祝福』の対象になれば、わかるよ」


おそらく、母も、高槻様から『祝福』を受けたひとりなのだ、と思った。


これまでは、ふたりとも、進路が強制されることもなかった。

二年になると、文系志望か理系志望か就職希望かでクラスが分かれる。希望票は、ふたりとも理系。一緒だな、と話をした。

このぶんなら、あのとき心配したように、始の人生が勝手に決められることもないのかもしれない。そんな風に思うくらいは、のんきに過ごしていた。


ある土曜の夜、高槻様が、亡くなるまでは。

その連絡があったあと、夜更けに始からメッセージが届いた。


『藤太、どうしよう』

『明日、直接会って、話そう』


翌日、朝食を食べたあとすぐ、始と落ち合った。

始は、大粒の涙をこぼしていた。

涙は袖で拭いてやり、そのまま背中を撫でて、手を引く。

ひとまず、高台の公園に連れて行った。人目がないことを、ざっと確かめる。念のために小声で話しかけた。


「大丈夫か?」

「僕が、能力がないということになれば、あの人が後を継いでしまう」


高槻様の実の子だ。


「それが何か悪いのか?」

「あのひとには、何もできない。理念もない」

「それって、」

「『祝福』もなしに、立ち行くとは思えない。あのひとが、できるように見せかけても、これまでとは違う。すぐにボロが出る」

「それならそれで仕方ないだろ」


始は、首を横に振った。


「それで、命を永らえているひとが、どれだけいるか、僕は知っている。僕に能力が出ないことで、その人たちがどうなるか、知っているんだ」

「それでも。助けてもらっておいていうことでもないけれど、始の人生は、始のものだろ。そのひとたちに尽くすためのものじゃない」


始の顔を覗き込む。始の目は、緑がかっている。その目に、厚い涙の膜が張っていた。


「いいか、責任を感じることはないんだ。感じちゃ、いけない。何があっても、寿命だよ。誰についても」


始は、唇を噛みしめて、しばらくうつむいたあと、ゆっくり頷いた。


「まあ、お前が教祖様になったら、あんな冊子の教えじゃなくて、お前についていくけどね」

「それこそ藤太は藤太の人生があるだろ」

「始は、俺にはそう言うんだもんな。自分のことも、大事にしろよ」


藤太はそう言って、始の身体に腕を回した。


「藤太?」

「親父さんだったんだろ。胸を貸してやるから、ほかのひとのことじゃなくて、お前のために泣きたかったら、いま、泣いていいよ」


そう言ってやると、始は身体の力を抜いて、藤太に抱き着きかえしてきた。


高槻様のお別れの会には、始も藤太も、制服を着て一般参加者の枠で参加した。

それからほどなく、代表が、高槻様からその息子に変更になる旨の連絡があった。


半年ほどは、それまで通りの集会が続いた。そうして、高槻様の不在に皆が慣れ始めたころ、新しい教義の冊子が届いた。そこには、『祝福』についての記述が追加されていた。

『祝福』は奇跡ではなく、善行による徳と縁が廻った結果としての功徳のことである、などだった。一見、まともそうには見えた。


「あんなの、ごまかしだ」


自販機コーナーの前で、ミルクティーの缶を開けながら、始は不機嫌そうだった。


「まあ、それでもいいんじゃないか。差し迫ったケガや病で苦しんでいない人にとっては、善行で徳を積むきっかけになるんだしさ」

「それは、そうだけど」


藤太は、緑茶のペットボトルを開ける。


「なんか、これは第一歩のような気がするんだ」

「第一歩?」

「皆が違和感を感じないように、変えちゃいけないことを変えるための、第一歩」


始は、ミルクティーを一気に飲み干した。


「いやな、予感がする」

「考えすぎだよ」

「そうかな?」

「俺達には関係ないこと。それでいいだろ」


始は、真顔のまま、手の中の空いた缶をごみ箱に向けて投げた。缶は、はじかれずに奇麗に入った。

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