輝く彼の手

kei

第1話 12歳

狭い町だと噂も広まるのが速い。特にこの街はそうだ。

街のひとのほとんどが、信者なのだから。


信者といっても、身体を痛めつける修行が強制されたり、変な祭壇を買わされたり、生活が破綻する寄付が強制されたりすることもない。ただ、週に一度集まって、その週の善行を報告して、善行の程度によっては皆の前で称えられて、高齢の指導者である高槻様の説話を聞いて、何人か残って『祝福』を受けて、解散になる。それだけ。

崎島藤太の家ももれなく信者の家庭だった。まあそれでも、何の違和感もなかった。周りのほとんどが、同じだったからだ。


それでも、10歳になったあたりから、少しずつ息苦しくなってきたものだった。ひたすら善良であることが、いついかなる時も求められるというだけでなく、同級生に笠原始がいたからだ。

いじめがあったとか、始の人格に問題があるとか、そういうことではない。始に関する噂が息苦しさの中心だった。


始は、髪の色も皮膚の色も淡く、目は誰よりも大きく、身体は華奢だった。害したら、罰を受けそうに思うくらいには。

そんな彼にまつわる噂は、彼が、指導者の息子の隠し子ではないか、というものだった。

確かに、見た目の印象は似てはいた。それでも、その噂は、ただの憶測というには、もっと不気味に聞こえてしまった。


親が何を言っても、自分にとってはただのクラスメイトだった。

だから、高槻様の血を引いているというのが、本当であっても、嘘であっても、ドッジボールでボールも当てるし、風邪なら心配もするし、同じ班で一緒に掃除もする。


その日は、道路の向こうの体育館と校舎の間の歩道橋の階段の掃除の担当だった。藤太は、始と一緒に、溜まった枯葉を竹箒で掃きながら落としていく。箒置き場のなかでも新しい竹箒を確保できたので、ふたりとも上機嫌だった。

奇麗になっていく階段を見ると、それだけでも結構気分が良かった。

箒で掃きながら、だらだらと話す。


「藤太、藤太は将来の夢とかあるの?」


将来の夢は、文集に書くことになっていた。藤太は、まだ書いていなかった。


「うーん、俺はなんもないかな。始は?」

「僕は、」


風が吹いて、始の少し長めの髪がなびいた。


「将来、仕事、選べないかも」


始の顔は沈んでいた。

大人たちの噂が、よぎらなかったといったら嘘になる。こいつは、後継ぎとかになるのかな。と思ったが、聞くことはためらわれた。

そのかわり。


「なれるかどうかは別として、やりたいこととかある?サッカー選手とか、画家とか。始、だいたいなんでもできるもんな」

「やりたいこと?」


そうだな、と言いながら、始は階段を下りようとした。ガクッと踏み外し、始の身体が傾くのが見えて、藤太はつい手を伸ばした。

藤太の手が掴み、始を尻もち程度ですませると、かわりに落下する感覚があった。

肘と腰を強く打ち、頭が下になる。まだ落下は止まらない。

あ、これ死ぬな、と思ったあと、視界が暗くなった。


気が付いたら、始が泣きながら顔を覗き込んでいた。

見回すと、先ほどの階段の下。どこも痛くなかった。あたりに血が広がっている様子もない。


「俺、落ちなかった?」

「落ちたよ。でも、」


僕がなんとかした、と続けた。


「なんとかって、なんだよ。」

「ケガも、血も、ぜんぶ元通りにした。」

「人間にできることじゃないだろ。」

「うん。だから、僕は人間じゃない。」


冗談を言っているようには、聞こえなかった。


「なんだよそれ」

「噂、聞いたことあるよね。僕の生まれの」

「それがどうした。ただの噂だろ」

「噂が本当のほうが良かったんだ。だって。僕はたぶん、直接の子どもだ」


だからこんなことができるんだ、と言って、また泣く。あの指導者は、かなり高齢だった。そして、始の母親は、シングルマザーだったが、かなり若かったように思う。

藤太は慌てて周囲を見回す。誰も、聞いていないようだった。


「とりあえず落ち着け。いったん、人のいないところに行こう」


あまり遠くに行くこともできず、学校の隣の竹林のなかで声を潜めて話すことにした。


「つまり、俺が致命傷を負って、お前が治してくれたってことか?」

「うん。できたのは、はじめて」

「ほかに、誰か、お前がこれをできるって知っているやつはいるか?」

「誰もいない」

「あの爺さん、あ、高槻様も同じことができるのか?」

「うん。高槻様にも高槻様の息子にも会ったことがあるけれど、こんなことができたのは高槻様だけ。『祝福』って、あんな感じのことをするんだ」

「なるほど」


しばらく考える。


「俺は、これ、お前がこれができること、誰にも言わないほうがいいと思う」

「藤太もそう思う?」

「うん。ふたりだけの、秘密にしよう」

「藤太が、そういうなら」


指切りをする。始は、指も細かった。


「始、助けてくれて、ありがとう」

「こっちこそ。あのとき、手を伸ばしてくれていなかったら、僕が落ちてた」


ようやく、始は笑顔になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る