第6話 田村仁の、男の見せ所①
バスでのひと騒動があってから、一週間が経った。
来栖さんと寄木さんに小生の存在を認知して頂いた奇跡的な日から、驚くほど何も変わらない日常へと戻ってしまった。
勉強を教えあったり、放課後はみんなでファミリーレストランでドリンクバーを嗜んで時間を潰す。もはやファミリーレストランはファミリーで過ごす場所にあらず。友と青春を謳歌する場所なのだ!
明日から忙しくなるぞ!と意気込んでいたのだが、結局それも杞憂に終わってしまった。
だがしかし、である。
たった一つだけ、以前と変わったことがある。
来栖さんが毎朝、小生の顔を見ると「田村くん。おはよう」と言ってくれるようになったのだ。
あのカリスマ来栖さんが、小生におはようなどと言ってくれるなんて…。来栖さんと毎朝挨拶が交わせるなら、ファミリーレストランでのドリンクバーなど、もはやどうでもよいと言っても過言ではない。
「おはようございます。来栖氏」
こうやって挨拶を交わす程度だが、それでも小生にとって、大変な、大変大きな変化である。
さて、一方の寄木さんはどうかと言うと、一個上の学年とは言え、一切その姿を見ることがなかった。
寄木さんのその後が気になって、ニ年生の教室の前を、何食わぬ顔で通ったりしようかとも思ったのだが、そんなことをしては小生が寄木さんに付きまとっている変態さんではないかと思い踏みとどまった。
危ない危ない。小生は変態さんではないのだ。
そうは言っても同じ建物にはいるはずなのだから、一週間も経てば寄木さんの姿形の一つや二つは目にしても何らおかしくなさそうなのに、一切姿を目にすることが無かった。
寄木氏は学校を休んでいるのだろう、ということで納得することにした。
ある日の放課後、今日は塾もないので家に帰ろうと学校を出ると、どうやら校門が騒がしい。人だかりができている。
何事かと思い、人だかりを注視しながら通り過ぎると、ある人物を取り囲むようにし群れが出来ている。
一体誰を取り囲んでいるのだと思い、人の群れの隙間から中を興味本位で覗いてみると、とてつもない美少女が中心に立っていた。
日本人離れした顔立ち。美しい首筋の先には、絶妙なバランスで配置された目と鼻と口。特にその大きな目を見ていると、そのまま取り込まれそうな気持ちになる。人形のように大きな瞳だ。その瞳は全てを見透かすような、透き通ったエメラルドグリーンだ。そう。透き通った…エメラルドグリーン…。
「?」
そう言えば、どこかで見覚えのある女性のような…。
一体どこでその美しい人を見たことがあるのか思案していると、ふと、その女性と目があった。
すると、何と小生に向かってまっすぐに歩いてくるではないか!
モーセが海を左右に割ったように、その美女が人混みを左と右に裂きながら向かってくる。
そして目の前に来たかと思うと、そのまま小生の腕を掴み、力いっぱい引っ張るようにしてそのまま進んだ。
「なぜあんな地味な男と、絶世の美女が一緒に?」と思った人間が半数。
小生のことなど目に入らず、「何て美しい人なんだ…」と思っていた人間が一定数。
「もしや、あのちび男に、弱みを握られているのではないか!脅されて一緒にいたくもないあの男に、無理やり付き合わされているのではないか!?俺が、俺が彼女を助けなければ!!」と、今にも掴みかかってきそうな表情の男達が一割、といったところだろうか。
この美しい女性が、小生の腕をなぜ引っ張っているのか、一番不思議に思っているのは小生自身である。
この美女は誰なのか?
「ちょ、ちょっと田村くん。しっかり歩いてくれない?」
「そう、その声は……寄木氏ですか!?」
「みんなに注目され過ぎて恥ずかしいから、は、早く逃げよう」
なるほど。この見知らぬ女性が知っている人で安心した。
何か差し迫ったご事情でもあるのだろうか?
とりあえず、小走りでその場所を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます