第7話 田村仁の、男の見せ所②

人目のない場所までひとしきり走ると、やっと寄木さんは手を放してくれた。


随分長い距離を走ってきたように感じたが、我々が辿り着いた先は、学校から二百メートルしか離れていない住宅街だった。

二人して、大きく肩で息を切る。どうやら我々は体力がないらしい。


暫く時間が経ち、呼吸が落ち着いてから聞いてみた。


「ど、どうしたんですか、寄木氏。あ、あなたのような方が、こんなに必死になって、ただ事ではないご様子ですが」


寄木さんは思い出したかのようにアタフタした。


「ちょ、ちょっと、大変なことになってしまってて。頼れる人が、田村君しかいなかったから」


なんと!誰かに何かを頼られるなど今までになかったことだ。ふむふみ。何だろう。正直に言って、嬉しいではないか。


「覚えてるでしょ?この前、バスで絡んできた男の人。あの人がね、ここ二日間ぐらい来栖さんを尾行てるらしいの…」


「び、尾行!?」


な、な、何と執念深い男なのだ!

自分自身が寄木氏に絡んだ挙句、今度はそれを注意して追い払った来栖氏を付け回そうなど…ゆ、許せん!


「来栖氏には、今のところ危害は加えていないのですよね?今日の学校の様子では、いつもと変わらないように見えましたが」


「うん。今のところは…ずっと後を付けて回ってるだけみたい。でも、絶対危ないと思う。尾行されてる間、偶然来栖さんが人混みの中を歩いてたから良かったみたいだけど…。もし、全然人通りのない場所を歩いたりしてたら…」


嫌な想像をしてしまった。

誰もいない暗がりの道。そこを歩く来栖氏の後方には、件の男が息を殺しながら、来栖氏にじりじりと近づく。そのポケットには、鋭利に研がれたばかりの小刀が…。


「私、心配なの。あの男は、絶対今日も来栖さんを尾行すると思う。私を守ってくれたせいで、もし来栖さんに何かあったらと思うと…。お願い田村くん!一緒に来栖さんを守って欲しい!」


「も、勿論来栖さんに何かあってはなりません!あのような偉大な方に何かあっては、人類史の悲劇です!」


そうだ。絶対に何とかしなければ。


「で、ですが、誰か大人にも相談した方がいいいいのではないでしょうか?我々に出来ることにも限界があるかも」


「それが…言えないの…」


「と、どうしてです?」


「田村くんは、来栖さんがあの男に尾行されてるって、どうして私が知ってるのか気にならない?」


言われてみれば、確かに。どうやって寄木氏はそんなことを知ったのだろう。

そう言えば、来栖さんが尾行されていることについて、寄木氏はずっと誰かから聞いたような口ぶりだった。


「言われてみればなのですが、気になることが唯一あるとすれば、ずっと誰かから聞いたような話し方をしておられましたね?来栖さんが尾行されてることについて、誰かご親切な方が寄木氏に教えて下さったのですか?


「そう!教えて貰ったの」


「一体どなたから?」


「田村くん。田村くんは、私の言うことを信じてくれる?摩訶不思議な、とりとめのないことを言っても、おかしな人間だと思わず信じてくれる?」


な、何だ?

小生に何かとんでもないことでも言うとしているのか?


とても美しいエメラルドグリーンの瞳が、小生を見定めるように見ている。真っ直ぐな瞳。その目を見れば、いかに寄木氏が今真剣なのかは充分に伝わる。

摩訶不思議で、とりとめのないこと。

それは小生の大好物ではないか。正にとりとめのない存在である来栖さんを見たときから、小生の心は踊り続けているのだ。そうであれば、答えは一つではないか。


「寄木氏。心配ご無用であります。摩訶不思議でとりとめのない事柄であろうとも、小生は信じます。とりとめのない日々こそが、小生の憧れなのであります」


寄木氏は笑顔を浮かべた。


「ありがとう。じゃあ信じるね」


小生は頷いた。


寄木氏が空を指差した。人差し指の先には、電線に止まる1匹の鳩がいた。


「…鳩…ですか?」


「ほーちゃん。こっちにおいで。田村くんは怖い人じゃないよ」


寄木氏がそう言うと、ほーちゃんと呼ばれた鳩は大きく羽を動かしながら、ゆっくりと下降してくる。そして、さも当たり前のように寄木氏の肩に乗った。


「ほーちゃんが全部教えてくれたんだよね?来栖さんが尾行されてるって」


「ほー」


鳩のほーちゃんとやらが、寄木氏の顔を見て応えた。まるで会話しているように見える。


「寄木氏…これは一体…」


「私ね、心が通じあった動物と会話ができるの。今まで誰にも言ったことない。田村くんに初めて打ち明けた」


世の中は思っている以上に摩訶不思議で満ち満ちているらしい。小生のように霊感がある人間もいれば、寄木氏のように動物と会話が出来る人もいるそうだ。


鳩が小生を見て挨拶をするように「ほー」と鳴いた。

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