第5話 田村仁のセンチメンタル

いきなりだが、小生は友達がいない。


だが、どうか哀れな男だと思わないで頂きたい。高校生になった小生は、誇り高く生きているのだ。学校に行き、誰とも話さず、家に帰って母上父上と揺れ動く世界情勢について議論を交わして一日が終わる。

そんな一日にも、小生は満足しているのだ。


お風呂上がりに自室のベッドで横になると、今日の出来事を自然と思い出した。

バスでの来栖さんの一連の勇気ある行動はカッコよかった。なんて凄いのだろう。いつか、小生も彼女のようにカッコよくなれるであろうか。


何だか今日は疲れた。強い眠気に包まれる。


起きているのか寝ているのか判別のつかないまどろみの中、中学校の記憶が思い出された。つい先日まで中学生だったのに、高校生活が始まると中学生の頃が随分前のことのように感じられるから不思議だ。


そんな中学校の頃の思い出の中でも、「侍」の幽霊との日々を思い出す。


小生は親しみを込めて、侍の「サム氏」と呼んでいた。


言い忘れていたが小生は霊感があるため、人のオーラが視えるとともに、波長が合えば幽霊が視えることもある。

サム氏とは放課後の誰もいない教室で、色々な話しに華を咲かせていた。


「人生は長い。友のいない孤独な時間がある一方、仲間と過ごす団らんとした時間とて同じように存在するのだ。永遠に孤独lな人生などない。そなたにもいつか友ができる。安心せい。今は孤独が必要な時間なのだ。それなのに、今を味わい尽くさんでどうする?友がいないことを不安になっている暇などないぞ」


そう。

中学の頃の小生は、孤独なことを不安に感じていたのだ。そんな小生をサム氏は元気づけてくれた。


一人ぼっちの小生は、放課後のサム氏とのこの時間がとても大切だった。


「…そなたももう少しでここを出るのだな。この校舎で、何人も子供たちを見送ってきたが、そなたのように拙者と会話ができる者はとても久しぶりだ。昔より、霊が視える者が随分少なくなったように思う。だから、そなたとこうして話せる時間は実に楽しかった。礼を言うぞ。田村殿」


あと、一週間後に小生はこの中学校を卒業する。サム氏もこの時間を大切に思っていてくれていることが、とても嬉しかった。


「僕の方こそ、サム氏と話しができて楽しかった。ありがとう」


サムシがとても優しい表情をする。


「霊なる者になってから、随分長い時間が経った。この国の道乱の世も、安寧の世も、様々な世界の移ろいを見てきた。人の寿命も伸び、そなたの年でもまだ子供と言われる世の中だ。まだまだこれから様々なことを学ぶのだろう。…卒業式なるものには必ず顔を出す。そなたの勇姿を見届けようではないか」


それから卒業式まで、サム氏は全く姿を見せてくれなかった。


そして、卒業式当日。保護者席に座る父上と母上が目頭をハンカチで拭っている。その後ろに笑顔で立っているサム氏が確認できて、とても嬉しかった。


卒業式終わりに、校舎裏で待つサム氏に詰め寄った。


「サム氏!今まで一体どこに行ってたんですか!成仏したのかと心配したではありませんか!」


「ばかを言うな。今まで成仏できなかったのに、今更成仏などしようものか。これを探しに行ってたのだ」


サム氏が右の掌を小生に向ける。掌の上には、一枚の桜の花びらが乗っかっていた。


「ここより東に山を三つ超えた先にある丘に、江戸の頃より立つ桜の木がある。もう、この桜の木は昔に切られてしまったのだが、桜の木の魂だけが残り、今でも春になれば満開の桜の花を咲かせる。視える者には視える桜の木だ。その桜の花びらを一枚だけ拝借した。卒業祝いだ。実にめでたき事だ。受け取ってくれ」


サム氏から花びらを受け取った。小生には何の変哲もない桜の花びらに見えるが、他の人間には視えないのだろう。

ポケットからハンカチを出し、落ちないようにそっと挟んだ。


「呪いをかけておいた。それは枯れることがない。視えるものには視え続ける。美しい桜の花びらだ」


「嬉しい。本当にありがとう。大事にするよ」


「友を作るのだぞ。環境が変われば人間だって変わる。そなた自身も変わるだろう。心配するな。孤独を楽しみ、友ができる機会を楽しみに待て」


「僕はサム氏を友達だと思っているよ」


「拙者もそう思っている。だが、共に歳を取れる友を持て」


そんな風にしてサム氏と別れ、小生は中学校を卒業し、晴れて高校生になった。


小生の眼の前の勉強机の上には、空き瓶が置かれている。その中には永遠に枯れることのない、桜の花びらが1枚入っている。


「サム氏。今日、同じ学校の女の子二人と会話をしたんだ。一人は先輩で、一人は同じクラスの女の子。友達になれるか分からないけど…楽しかったよ」


あれからサム氏には会っていない。


またサム氏に会いたいなぁと思った。

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