第4話 田村仁の独り言③
「ありがとうございます!本当に怖かったので助かりました」
「もうええってー。そんなに謝らんといて」
来栖さんと寄木さんが並んで座っている。小生はその席の後ろが空いていたのでそこに座った。バスの中は、先ほどの張りつめた空気が消えている。
バスは何も変わらないように進んでいる。
「同じ高校ですよね?私二年生の寄木愛です」
「え!先輩やん。私は一年生の来栖一葉。よろしくね」
「しょ、小生は…」と言いかけたところで、寄木さんが口を開く。
「え?一年生なの!?な、なんでそんなに堂々としてるの?さっきの人、怖くなかった?」
「酔っ払いやったからなー。大阪やとあんなおっちゃんはよくフラフラしてるし、そこまで怖くはなかったかな。それよりも、なんやねんこいつ?って気持ちが強かったわ」
「そうなんだ。大阪って行ったことないから分からないけど、怖い場所なんだね」
寄木さん。それは勘違いであります。母上の実家が大阪にありますが、決して怖い場所などではありません。酔っ払いのおじさんが日中フラフラしているのは否定しませんが。
「さっき撮ってた動画はどうするの?」
「別に何もするつもりないけどね。まぁ、もしもの為に携帯には残しておこうかな」
なるほど。そんなもしものときが来ないことを祈るばかりである。
寄木さんは外見だけ見ると、かなり大人しそうな女性に見える。
制服を着ていなかったら中学生に間違えられそうなほど、背が小さく小柄。前髪が綺麗に目にかかっていて、その瞳を確認することは難しい。顔全体が見えないのも、幼さを助長しているように見える。物静かで、優しい人なのだろうか?
「もしかして、よく絡まれたりするん?」
「うん。まぁ、そういうことは多いかも」
「前髪、上げてみたら?目が見えないと、どうしても大人しそうに見えてまうよ」
「うーん…」
勝手ながら、誠に勝手ながら、寄木さんのオーラを拝見させて頂く。
ふむふむ。
お茶っ葉にお湯をそそいだときに出るような湯気が、寄木さんの全身を包み込むようなオーラとして揺らめいている。
薄い。なんと色が薄いのか。ベースは黄色だろうが、薄くて透明に見える。
オーラの色はその人の本質を現す。その本質の色が薄くなっているということは、寄木さんが自分に自信がないことの証明だ。オーラの量は一般的なので、肉体が弱いなどはない。ただただ、自信がないのだ。
一方、横に座る来栖さんのオーラたるや、何ということだ。黄金のオーラが噴水のように吹き出しているではないか。ここまでくると、オーラから一体どういう人間なのかを読み解くことは出来ない。
「……あれ?前髪、ちょっとだけ横に流してみてくれへん?」
「な、何で?」
「んー。嫌やったらええよ。ちょっと気になって」
少し戸惑った様子だったが、寄木さんが両手でゆっくりと前髪を横に流した。
「おー」
思わず声が漏れ出てしまった。
横顔だけでもよく分かる。寄木さんはとてもお美しい方だったのだ。すっと前に伸びた鼻に、大きな目。まるで海外のお人形のような顔立ちだ。
そして、そんな日本人離れした顔を美しく引き立てているのが、緑色の瞳だった。
「き、気持ち悪いでしょ。アハハ」
「何が気持ち悪いん?」
「この目」
「いやいや。何も気持ち悪くないやん。すっごく綺麗な色やで。ほんで、めちゃくちゃ美人さんやん。前髪で隠すなんてもったいないで。もしかしてハーフ?」
「お、お父さんが、ドイツ人で、お母さんが日本人だから」
「すごいなー。こんなにべっぴんさんやったらモデルさんにも慣れるで」
「そ、そんなことないよ。気持ち悪いって言われてたし」
寄木さんが前髪を手櫛で払って戻してしまった。大人しそうな寄木さんに戻る。
「あんなー。寄木さん。それが可愛く生まれた子の運命や。寄木さんがあまりに可愛いから、必死に足を引っ張ろうとしてそんなこと言うねん。そんな戯言に付き合ってたら勿体ないで。可愛く生まれたなら、その可愛さを存分に楽しまないと、神様にも両親にも失礼やん。その可愛さを活かして存分に楽しまないとあかん!」
「…おお!」
いかん。また声が漏れ出てしまった。
寄木さんのオーラが!
少しだけ…ほんの少しだけ色濃くなったではないか。…すごい。来栖さんの言葉で、少しだけでも寄木さんに自信がついたのだ。
流石だ来栖さん。…人間力。これこそ、圧倒的な人間力。
こんな短時間で人のオーラに変化を与えられる人間など、見たことがない。
来栖さんの他者に与える影響力に脱帽してしまう。酔っ払いから寄木さんを守り、たった数分で他人の心を動かせるその人間力。更には無限の湯水のように湧き続ける黄金のオーラ。
規格外だ。凄い。こんな人間を今だかつて見たことがない。そんな人物と同じクラスだなんて…なんて、なんて小生は恵まれているのだ。…至高!至高の幸せだ!
「あ、そう言えば…」と言って、来栖さんが振り返る。彼女と目が合った。急に振り向かれたので、心臓がドキッとする。
「さっきから参加してるけど、君は誰?」
気が付けば、寄木さんも小生を見ている。
な、なるほど。
まずは自己紹介から初めて、小生のことをお二人に認知して頂こう。
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