第11話
会議室の幹部たちは社員の言葉に安堵し、拍手を送り始めた。
「そうだ、崇高だ!」
「若者が燃え上がれば、世界は再び我らを畏れる!」
夕陽の赤が会議室を血のように染め、麗奈の姿は炎そのものに見えた。
俺はなぜか、その姿から目を離せなかった。
――彼女は狂っている。
だが同時に、再び自らの狂気がうごめく感覚があった。
このところ、ずっと光の姿はなかった。
「反対しか言わない奴はいらん」――そう幹部に切り捨てられ、国内支社に転属されていたのだった。
こうして決まった。
若者を燃やし尽くす戦略を、“崇高な炎”として押し出す未来が。
幹部会議の決定は即座に実行に移された。
フロアの壁一面に「新世代英雄プログラム」の広告が映し出され
社内の雰囲気は敗北の沈黙から一転して熱狂へと塗り替えられていった。
映像には若い社員の笑顔が並び
赤い背景に「未来を燃やせ」のコピーが躍った。
麗奈はその広告の中心に立ち、広報担当としてカメラに向かって演説した。
「この炎は崇高です! 若さを燃料にして、我々は世界を揺るがすのです!
燃え尽きる瞬間こそ、最高の栄光なのです!」
彼女の声は熱を帯びすぎて、もはや理性を超えていた。
スクリーンの中の麗奈は、赤いリップを炎のように光らせ、陶酔に濡れた瞳で群衆を射抜いていた。
その姿に社員たちは歓声を上げ、拍手を送り、涙を流しながら「崇高だ!」と叫んだ。
だが、現場は違った。
送り込まれた若者たちは、会議室の言葉とはかけ離れた現実に直面していた。
彼らは「特攻プロジェクト」と呼ばれる任務に振り分けられ、終わりの見えないタスクを押し付けられた。
深夜まで続く労働、休息もなく次々と送り込まれる新任務。
消耗するのは体力だけではなかった。
家族との連絡は禁止され、ただ「崇高な任務」としてすり潰されていった。
中には疲労で倒れる者もいた。
しかしそれは「栄誉の証」とされ、ニュース映像では笑顔の写真に置き換えられた。
「彼は英雄だ。未来を燃やし尽くしたのだ」
麗奈のナレーションがその映像を彩り、悲惨は一瞬で美化された。
支社でニュースをみた光が
「これは栄光ではない、 上層部の責任転嫁の一環だ」
と、誰にも届かない声を発した。
スクリーンに映るのは、燃えるような夕陽。
焦げた大地に立つ若者たちの姿が重ねられ、飛行雲のように白い線が空を走っていた。
それは希望ではなく、命が燃え尽きていく軌跡だった。
夕陽が窓を染めていた。
赤は血のように濃く、都市を焦げた大地のように塗り潰していた。
空にはいく筋もの白い飛行雲が走り、それは命が燃え尽きていく軌跡のように見えた。
フロアには「新世代英雄プログラム」に名を連ねた若者たちの名簿が張り出されていた。
拍手と歓声が沸き、幹部たちは口々に「崇高だ」「美しい」と讃えていた。
広告スクリーンには笑顔の若者が映し出され、その背後に赤い炎が揺らめいていた。
ただ、若者の勇気も空しく、業績は悪化の一途を辿った。
それはJUSの終焉を感じさせるには充分すぎる状況だった。
空は白く濁り、色を失っていた。
都市の高層ビルはまだ立っていたが、その窓には光がなく、ネオンも消えていた。
割れたスクリーンは広告の残骸を断片的に流し続け
「未来を燃やせ」という言葉が歪んだ音声で繰り返されていた。
通りには長い列ができていた。
人々は配給所の前に並び、カードを握りしめて沈黙していた。
「また値上がりした……」
「もうクレジットが残ってない……」
囁きは乾いて、風に溶けるように消えていった。
都市は、経済の崩壊によって死んでいた。
社内も同じだった。
フロアは空席ばかりで、残された社員たちは虚ろな目でモニターを眺めていた。
数字は真っ赤に下がり続け、報告書は机に積まれたまま誰にも開かれなかった。
「特攻作戦」の成果はゼロに等しく、投入された若者の名簿だけが増えていった。
会議室は狂乱の渦に沈んでいた。
「まだ終わっていない!」
拳を叩いた阿南部長の声が響く。
「戯言だ!」
杖を握った鈴本会長が震える声で返す。
「市場は封鎖され、国民は飢えている。これ以上犠牲を重ねても残るのは廃墟だ!」
「屈するのか!」 阿南部長は吠えた。
「未来を守るためにこそ、終わらねばならん!」鈴本会長は譲らなかった。
幹部たちも次々に声を上げる。
「私は阿南部長に賛同する!」
「狂気だ、もう戦えない!」
「孤立上等! 炎を見せつけろ!」
「世界はもう背を向けている!」
机を叩く音、椅子を蹴る音、怒声と拍手。
会議室はもはや意思決定の場ではなく、滅びの合唱に変わっていた。
その中で麗奈が立ち上がり、狂気に染まった笑みを浮かべた。
「若者は望んでいます! 炎に身を投じ、栄光を残すことを!」
赤いリップが炎のように輝き、声は陶酔に濡れていた。
「死を栄光に変える――これ以上に崇高な道があるでしょうか!」
拍手と歓声が巻き起こり、狂乱は極みに達した。
そのときだった。
冷たい声が会議室を切り裂いた。
「――もうやめるべきです、みんな本心ではわかっていることですよね」
振り返ると、扉の前に光が立っていた。
支社より駆けつけ、誰よりも静かな表情で
ただ一歩、会議室に足を踏み入れた。
「もはや勝利はありません。
若者を犠牲にしても、未来は生まれません。
残っているのは、どの規模の被害で負けるかだけでしょう」
その言葉は熱狂の渦を冷やす氷のように響いた。
幹部たちは一瞬、言葉を失ったが、すぐに怒声がぶつけられた。
「黙れ!」
「お前は裏切り者だ!」
「正義を否定するのか!」
だが光は動じなかった。
「正義を語るなら、生き延びる道を探しましょう。
無駄な被害を増やすことに意味はありません」
その声はかすかに震えていた。
けれど、その震えは恐怖ではなく、覚悟の証だった。
僕は光の覚悟を見つめ、心を締め付けられた。
しかし、光の言っている言葉に、不思議なほど納得ができた。
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