第10話

作戦は開始された。

AIの指示は単純明快だった。

《拠点を即座に制圧せよ》

《補給網を寸断せよ》

成功率は100%を示していた。


だが、南雲部長は迷った。

「市場の動きが読めない……これは罠ではないか? 一度後退して様子を見るべきなのか?」

部下が慌てて声を上げる。

「ですが、社長の命令は即時実行です!」

「AIは成功を保証しています!」


南雲部長は額に汗を浮かべ、再び指令を出した。

「……やはり予定通りに進めろ!」

だが数分後にはまた口を濁した。

「待て、状況を見直せ。市場は本当に予定通りに動くのか?」


命令が二転三転し、現場は混乱した。

チャンスを逃し、動きは鈍り、社員の声は不安に染まっていった。



――そして、その瞬間をアメリカは待っていた。



突如、真っ赤なアラートがスクリーンを埋め尽くした。

「逆侵入を確認! ファイアウォール突破!」

「物流網が逆に掌握されました!」


アメリカの反撃は徹底的だった。

封鎖していたはずのサプライチェーンは逆に開放され、JUSの資産が一斉に奪われていった。

金融システムにまで侵入され、資金は吸い上げられ、数字がマイナスに突き落とされていく。

「……バカな、どうして……!」

社員の悲鳴が響く。


スクリーンにはアメリカ企業連合のロゴが点滅し、次々と「制圧済み」の表示が塗りつぶしていった。

「南雲部長、指示を!」

「……もう……持ちません!」

その声は震え、敗北を宣言するものに等しかった。


フロアに広がったのは熱狂ではなく、重苦しい沈黙だった。

「……負けた……のか」

誰かが呟き、その声すら重さに潰されて消えていった。


俺は唇を噛み、拳を握りしめた。淡い狂気が、自らを支配していた現実を感じた。

麗奈との約束が、音を立てて崩れていく。不思議と悲しみのような感覚は無かった。

何が正しいことかはわからないが、俺の中で自分の感覚が戻ったことを感じた。




敗北の翌日、JUS本社の空気は沈んでいた。

フロアには赤い下落グラフが流れ続け、社員たちは椅子に沈み込み、誰も声を発しなかった。

だが、その奥の会議室だけは異様な熱を帯びていた。

その様子は全社員に配信されていた。


「敗北の責任を誰が取る!」

「AIは完璧だった。人間の実行が愚かだったのだ!」

「南雲部長の迷走は致命的だった。だが、それで全てを諦めるわけにはいかん!」


怒号の応酬の中で、大西部長から冷酷な声が上がった。

「まだ勝機はある。体力のある若者に現地で不正工作をさせよう」

「彼らに犠牲になってもらって、この難局をひっくり返そう」


その提案に社員の空気が凍りついた。その瞬間、麗奈が立ち上がった。

赤いリップが照明に艶やかに光り、瞳は異様な輝きを帯びていた。


「そうです――若者こそ未来。

 その未来を炎に変えることで、JUSの正義は永遠に輝くのです!」


彼女は両手を大きく広げ、スクリーンに映る夕陽を背にして叫んだ。

「恐れることはありません! JUSは終わりではない、栄光なのです!

 君たちの勇気にこそ、最高の美しさがある!」


その声は震えていた。激情のせいか、狂気のせいか、もはや区別はつかなかった。

彼女の頬は紅潮し、呼吸は荒く、まるで自身がその炎に焼かれて酔っているかのようだった。

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