第4話

冬の風は冷たく、ガラス越しに突き刺さってきた。

街路樹はすでに葉を落とし、枝は骨のように乾ききっていた。

湾岸の水は灰色に濁り、冷たい風にさざめいていた。

オフィスの暖房の熱気の中にいても、その寒さは胸の奥に忍び込んでくるようだった。


JUSの北東支社設立から数週間、社内はいまだ祝祭の余韻に包まれていた。

食堂でも廊下でも、誰もが声を弾ませていた。

「歴史を動かしたのは我々だ!」

「世界に新しい秩序を示したんだ!」

その言葉は誇らしげで、酔ったように熱を帯びていた。


だが、今日開催される世界VRグローバル会議は違った。



巨大な円卓に各国の幹部のホログラムが並ぶと、空気は一気に張りつめた。

JUSを代表して立つのは松下部長だった。

その鋭い眼差しと真っ直ぐな背筋は、見る者に気迫を感じさせた。

オフィスに設置された視聴ルームでは社員たちが固唾を飲んで画面を見つめていた。


最初に声を上げたのは欧米の代表だった。


「JUSの行動は国際秩序への露骨な挑戦である」

「不正AIを使い、市場を操作し、現地の人々を混乱に陥れた」

「これは経済活動ではなく暴力だ」


別の幹部が冷笑を浮かべながら言い放った。

「未熟な日本企業が業績を語るとは滑稽だな。

 君たちは自らの欲望を飾り立てただけで、人道の最低限すら守れていない」


さらに追い打ちをかける声が重なった。

「対等を求める? 君たちにその資格はない。

 世界は先進を担う者によって築かれる。君たちはそこに含まれない、あるのは服従だけだ」


胸の奥が冷たくなる。

差別の匂いに満ちた言葉だったが、同時にJUSの人道逸脱を突きつける内容でもあった。

新興国の代表たちは口を閉ざし、沈黙を選んだ。

かつて共に賛同していた彼らでさえ、今は視線を逸らし、目を伏せていた。


松下部長の反論が始まろうとしている。


円卓の中央で、松下部長はゆっくりと立ち上がった。

「我々は理想を掲げた!」

声は震えていたが、恐怖ではなく激情の熱に突き動かされていた。



「世界が恐慌に沈む中、誰よりも先に未来を切り拓いた!

犠牲があった? それも未来のためだ!

理想の旗は、犠牲なくして翻らない! 我々日本企業を十字架にかけるつもりか!」


その言葉は鋭く、力強かった。

だが返ってくるのは沈黙だけだった。

欧米幹部たちの視線は冷たく、壁のように並び立っていた。

新興国の代表たちの瞳は伏せられ、誰も援護の声を上げようとはしなかった。



――そして、JUSに残された道は「国際企業連盟」からの脱退だけだった。

  松下部長は脱退を会議で叫び、JUSは世界から孤立した。



会議が終了し、スクリーンが暗転する。

その途端、視聴ルームは爆発するような拍手と歓声に包まれた。

「よく言った!」「世界に屈するな!」

社員たちは椅子を叩き、抱き合い、涙を流す者さえいた。熱は祝祭のように渦巻き、理性を飲み込んでいた。

何か、狂気のような禍々しい空気が空間を支配しているように。


僕もなぜかわからないが、松下部長の言葉に心を奪われたのか気付けば手を叩いていた。


だが掌に響く音は冷たく、胸の奥には虚しい痛みが広がっていた。

拍手の熱は、なぜか僕の心に届かなかった。


麗奈先輩はいつもより赤いリップを輝かせ、勝者の笑みを浮かべて言った。

「いいじゃない。人道? そんなもの欧米のように勝った者だけが名乗ればいいの」


その笑顔は美しかったが、どこか冷酷な仮面のようにも見えた。


光は窓際に立ち、枯れ木の並木を見つめながら

「孤高になるには、信念が歪んでいる。本当にこれでいいのか」


その声は小さかったが、拍手の轟きよりもずっと重く、僕の胸に沈んだ。

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