第3話

時を同じくして、世界の市場は不景気が連鎖して揺れていた。

株価暴落、銀行の破綻、街にあふれる失業者たち――そんなニュースが

連日ホログラム広告を覆い、SNSを騒がせていた。

だがJUSのオフィスは逆風に抗うように、むしろ熱を帯びていた。


 「今こそ踏ん張れば世界との差が縮まるチャンスだ!」

 「ここで新しい戦略をとって世界に日本の影響力を!」


社員たちは声を掛け合い、机に向かい、端末に数字を打ち込み続けていた。

灰色の空の下でも、社内には前向きな熱気が立ち込めていた。

僕もその流れに押され、いつになく全力で働いていた。


普段は冷めている光が、僕の肩を軽く叩いた。

「……いい動きだ、その努力は誰も否定できない」

その短い言葉が妙に力強く響き、僕の胸は少し誇らしくなった。


昼休み、テラスに出ると麗奈先輩が笑顔で迎えてくれた。

「よく頑張ってるじゃない。あなたも“JUSの顔”になってきたわね」

その一言に、疲れが吹き飛ぶような気がした。

空は曇っていたが、オフィスの熱気は逆に燃え上がる焔のように見えた。


――けれど午後、状況は変わった。


「世界市場、記録的暴落」

「欧米で銀行が相次いで破綻」

「失業者の悲痛な叫びでサーバーがダウン」


ホログラムニュースが容赦なく流れ、社員たちは動きを止めた。

SNSには「JUSも危ないのでは」という書き込みが飛び交い不安が一気に社内へ   広がった。

実際、海外との取引停止の通知が入り、昼の食堂は重苦しい沈黙に包まれた。

僕は冷めたスープを前に、胸の奥に広がる暗さを抑えきれなかった。


その夜、一部の社員が会議室に集められ、俺の所属する部署の石川部長が壇上に立った。

鋭い眼差しで全員を見渡し、力強く言った。


「世界同時恐慌を恐れる必要はない。世界が停滞している今こそ、我々は未来を切り拓く。

日本企業はコケにされ続けてきたのだから、多少グレーな不正AIを利用して

我々JUSを世界水準まで推し進めようではないか」


会場がざわめいた。

一部の幹部は顔をしかめ、小声で反対を漏らした。

「リスクが大きすぎる……」

 

「世界に認められるように制御できなければ、会社が危うい」

だがその声は、石川部長の理想と勢いにすぐかき消された。


「恐れに囚われれば、我々は取り残される。

 だが理想を掲げる者が、未来を掴むのだ!」


その言葉に、静まり返っていた会場から拍手が広がった。

反対派も黙り込み、やがてその音に飲み込まれていった。

僕も自然と手を叩いていた。

不正を行うというのに、なぜか胸は熱く、高鳴っていた。


――きっと大丈夫。ここをJUSはうまく切り抜けて、世界水準の企業に成長できる。


そう思った。

だが同時に、心の片隅で小さな影が囁いていた。

この熱は、取り返しのつかない方向へ進む合図ではないのか、と。



数日後、会議室に集められた。そこは運命と対峙する静寂に支配されていた。

そして壇上に立った石川部長の目は、曇天の空とは対照的にぎらつく光を帯びていた。


「諸君、ここからが我々の時代だ!」

 その声は、熱と興奮に震えていた。

「世界は恐慌に沈み、誰もが後退している。だが我々は進む!

 理想を掲げ、未来を掴む! 今こそ不正AIを解放し、中国経済を揺るがすのだ!」


その瞬間、スクリーンがノイズに覆われた。

黒い影が現れ、歪んだ声が重なり合って響く。

幹部たちはためらいもなく端末に手を伸ばした。


「為替を操作しろ!」

「株式市場に偽装データを流せ!」

「資本の流れを逆に回せ!」


石川部長は壇上からその様子を見下ろし、顔を紅潮させていた。

「いいぞ……これで世界は目を覚ます!

 我々が掲げる理想の旗は、この混乱の中でこそ輝くのだ!」


幹部たちは狂ったように端末を叩き、スクリーンに走る数字は激しく跳ね回った。

市場は混乱し、資産は雪崩のように崩れていく。

そのたびに石川部長の口元は大きく歪み、笑いがこみ上げていた。


僕は声を絞り出した。

「……想定以上に不正を行っている、これで本当に世界は対等に日本を認めることがあるのか……」


麗奈先輩が振り返り、赤いリップを光らせて言った。

「正義? 欧米の理不尽に対抗するには、この方法しかない状況なのよ」

 

その笑顔は美しくも冷酷で、祝祭の仮面のようだった。


光は拳を握り、低く叱責した。

「やめろ! これは理想じゃない。ただの犯罪だ!

  未来を掲げるなら、こんな方法で掴むものじゃない!」


しかし誰も耳を貸さなかった。

社員たちの目は熱狂に染まり、石川部長の声にのみ従っていた。


数週間後、街のホログラム広告が一斉に切り替わった。

《JUS、中国北東部に巨大支社設立》


社員食堂は爆発するような歓声に包まれた。

椅子を叩き、抱き合い、涙を流す者までいる。

石川部長も壇上に立ち、両手を高々と掲げた。

「見よ! 理想は現実となった! 我々が歴史を動かし現実のものとした!」

その声は興奮に震え、笑いに似た響きさえ混じっていた。


麗奈先輩は石川部長の言葉で興奮したのか、机の上に立ち社員を煽るように叫んだ。

「これが私たちの勝利よ! この勢いで世界を掴むの!」


ただ一人、光だけが冷ややかに言った。

「……これが未来だと思うなら、目を覚ませ。

 これは崩壊への道だ」


しかしその声は、狂気の歓喜にかき消された。

街を覆う広告の光は、巨大な炎のように揺れ続けていた。

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