第2話『最終回』

冷蔵庫の中は静まり返っていた。

エッグ三郎が人間に連れ去られてから、残された卵たちは深い沈黙に包まれている。


俺は決意を胸に、仲間へ声をかけた。

「みんな……俺はもう、ただの卵で終わりたくない」


すると、奥の方から古びた声が響いた。

「お前……本気か?」


振り返ると、そこには皺だらけの殻をまとった老人のような卵がいた。彼の名は――エッグ仙人。

「ワシは10週間もこの冷蔵庫を生き延びた。だが、殻は限界じゃ……」


仙人は俺を見つめ、静かに告げた。

「生き残る道はただ一つ。“冷蔵庫脱出”じゃ」


仲間たちがざわめく。

「脱出だと!?」

「そんな無茶な!」


だが俺は思った。

――このまま人間に食べられるのを待つくらいなら、やるしかない。


脱出作戦


作戦はこうだ。

冷蔵庫のドアが開いた瞬間、全員で転がり出て、外の自由を目指す。

問題は、人間に気づかれずにどこまで行けるか……。


その夜。

俺たちは冷蔵庫の中で整列した。

「新入り……お前が先頭だ」

仙人の声に、俺はゴクリと殻を鳴らす。


やがて――カチャリ。

冷蔵庫のドアが開いた。


「今だあああああ!」


俺たちは一斉に転がり出た。

カツンカツンと床を跳ね、キッチンを駆け抜ける卵の大行進。


だが――

「なにこれ!? 卵が……逃げてる!?」


人間の叫び声が響いた。手が伸びてくる。

一つ、また一つと仲間が掴まれていく。

「行け!オムレツにされるくらいなら先に散る!」

犠牲を払いながら、俺たちは突き進んだ。


最後の試練


ようやく玄関の隙間が見えた。

だが――その前に立ちはだかる影。

巨大なフライパンを構えた人間。


「逃がすもんかぁぁぁ!」


俺は覚悟を決めた。

「俺が囮になる!」


床を全力で転がり、フライパンにぶつかる。

ガン!と大きな音が鳴り、人間はバランスを崩す。


その隙に仲間たちは次々と外へ転がり出た。

仙人が振り返る。

「新入り……!お前のおかげで自由を!」


だが俺は……もう転がれなかった。

殻にヒビが入り、動けない。


結末


「捕まえた!」

人間の手に掴まれ、俺はキッチンに戻された。


フライパンの上に落とされる瞬間、俺は思った。

――でも仲間は逃げた。三郎の願いも、仙人の夢も、きっと叶った。


ジュワァァ……と熱に包まれる。

視界が白く霞んでいく。


……次に目を開けると、俺は皿の上にいた。

オムライスとして、ケチャップで文字が描かれている。


『ありがとう』


人間の子どもが笑顔でスプーンを伸ばす。

俺は最後に思った。


――悪くない最期だ。

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