第1話 華やかな天才
鮮やかな色彩が、白いキャンバスを覆っていく。
跳ねるような筆致、リズミカルに流れる音楽。まるで踊るように絵を描く男の姿を、ギャラリーに集まった観客は熱狂的に見つめていた。
「やっぱり九条蓮は天才だ」
「こんなポップで明るい世界、どうやったら描けるのかしら」
「彼の作品を部屋に飾ると、毎日が楽しくなるんだ」
喝采。拍手。称賛。
光の中心に立つ男――**九条 蓮(くじょう れん)**は、にこやかに笑みを浮かべながら、最後の一筆を入れた。
「完成です。今日も、皆さんのおかげで最高の作品が生まれました」
照明が彼を照らす。明るく、幸福そのものの芸術家。
だがその笑顔の奥で、蓮の瞳は冷たく濁っていた。
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展覧会を終えた夜、アトリエに戻った蓮は、疲れた素振りも見せずにパソコンを立ち上げた。
暗い部屋。白いモニターに浮かび上がるのは、別の「作品」たち。
フォルダには、日付ごとに管理された動画ファイルが並んでいた。
「7_21」「8_3」「9_14」……。
どれも彼が“芸術”として完成させた人間の最期の記録だ。
無造作にひとつをクリックすると、映像が始まる。
捨てられた廃工場の一角。縛られた男が恐怖に震え、逃げ場のない檻の中でもがいている。
蓮はゆっくりと歩み寄り、手にしたカッターで肌を少しずつ切り裂いていく。
血が床に滴り落ちる音が、妙に鮮明に響いた。
「これは、音楽だ」
画面を見つめながら、蓮は小さく呟く。
苦悶の呻き声、肉が裂ける音、血の滴るリズム。
彼にとってそれは叫びでも断末魔でもない――純粋な“調べ”だった。
映像の最後、被害者の目から光が消える瞬間、蓮は満足そうに目を細める。
「やっぱり、美しい」
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翌朝。
テレビでは、昨夜の個展の様子がニュースで取り上げられていた。
「若き天才・九条蓮、最新作を発表。ポップアートの旗手として注目集める」
明るい笑顔、観客に囲まれる姿、記者の質問に気さくに答える声。
蓮はソファに腰かけ、コーヒーを飲みながらその映像を眺めた。
――完璧だ。誰も裏の顔を疑いもしない。
表の世界では称賛される天才芸術家。
裏の世界では、人間を素材にした残虐で美しい芸術家。
二つの顔を完璧に演じ分けることこそ、彼にとっての生き甲斐だった。
その日もまた、アトリエを出て、帰り道のいつもの公園を通った。
そこに、寂しそうにひとり座る小さな影――**篠田 蒼(しのだ あおい)**と出会うのは、すぐ後のことだった。
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