14:【人間万事塞翁が馬】

読み:にんげん ばんじ さいおうがうま

意味:人生の幸不幸は予測し難いものだから一喜一憂しても仕方ない


 見栄え:★★★☆☆(ことわざ調で古典的な格言らしさがある言葉)

 残念度:★★★☆☆(前向きになれる言葉だが諦観に繋がりがちな危険もある)

ギャップ:★☆☆☆☆(座右の銘にしている人も多く字面通りの格がある)


解説:


 前回の【因果応報】は因果――原因と結果の繋がりを説いた言葉だった。

 今回取り上げる単語はその因果の予測困難さを示す言葉である。



【人間万事塞翁が馬】とは、ある物事が幸運をもたらすか不運をもたらすかは分からないということを示唆する言葉である。



 例えば、宝くじに当たって突然大金持ちになった人がそのお金が無くなった後も上げた生活水準を戻せず破産したり、今まで疎遠だった人からたかられて心を病んでしまったりするというのはよく聞く話である。


 逆に、不慮の事故に遭って病院に行くはめになったと思ったら検査の過程で健康だと思っていた身体の疾患が判明して大事に至らずに済んだということもあるだろう。


 トラックにはねられたと思ったら異世界に転生して人生イージーモードに突入した、というのもある意味似たような事例だろうか。



 このように一見すると良い出来事が悪い結果をもたらすこともあるし、逆に一見悪い出来事が良い結果に繋がることもある。


 その因果関係をあらかじめ見通すことは極めて難しい。

 それゆえ一喜一憂しても仕方ないというのが塞翁の馬の考え方である。



 大抵はショッキングな出来事があった時に「落ち込みすぎても仕方ないさ」と自分や他人に言い聞かせる言葉である。


 それとは逆に幸運な出来事に出会えた際にも「調子に乗ってはいけないよ」と戒めるために使えたりする。


 なかなかに都合のいい言葉である。

 座右の銘にしている人も多いらしいがそれも頷けるところだ。



 ところで、喜ばしい気分のときにこの言葉が頭をよぎり、もう少し余韻に浸っていたかったなと思うことがある。


 また、負の感情も時として現実に立ち向かうための原動力になりうるため、軽々しく手放して良いとも限らない。


 一喜一憂しても仕方ないとは感情を軽く扱っていいということではない。

 ここを誤解してしまうと”なるようにしかならない”という諦観に繋がってしまう。



 因果の予測は確かに困難だが、一つはっきりしていることもある。

 それは何もしなければ何も起きないということである。


 進んで波風を立てろとは言わないが、人生全くの無風でもそれはそれで面白くあるまい。

 

 塞翁が馬の教訓は、立ち止まるための言い訳ではなく、再び歩き出すための指針としてこそ意義がある。

 諦観の口実として用いてしまうのは、それこそ残念な扱いというものだろう。

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