夢か現か

小鳥遊椋

目が覚めて…

ある休日の朝、雨音で目が覚めた。


ベッドから足をおろし、特になにをするでもなく部屋をさまよった。

階段を降りて玄関に向かう。

一晩中扉は閉まっていたはずなのに、玄関は雨で濡れ落ち葉が散っていた。

妙に古めかしく、普段の玄関と違うようにも思えたが気にしないことにした。

壁には数匹の虫がとまり、床には蛾がうごめいていた。

それはおぞましい光景で、虫が苦手な私にとっては耐え難い状況のはずなのに、

なんの感情も湧かなかった。

ただ殺虫スプレーを取りに行かなければと考えながら、しばらく立ち尽くし

虫たちを眺めていた。


瞬きをした瞬間、気がつけば部屋に戻っていた。

虫たちは部屋の中にまで侵攻していた。

私は椅子の脚にしがみついていた大きな甲虫をスプレーで殺し、

掃除機で吸い込んだ。

その後、掃除機が汚れてしまったと後悔した。

しかし、あの虫を手で掴んで捨てる勇気もなかった。


“ピンポーン”


ぼうっとしていた私は、突然部屋の中に鳴り響いた音によって現実に引き戻された。

来客のせいで、再びあのおぞましい玄関に戻されることに不快感を覚えながら、

私は玄関に戻った。

扉を開くと相変わらず雨は止まず、外には一人の女性が立っていた。


一言か二言会話をし、女性を玄関に残したまま私は扉を閉めた。

彼女がなんのためにやってきたのかは分からなかった。



「なにか御用ですか?」



凛とした声が聞こえたが、気に留めず階段をあがり部屋に戻った。

外で先ほどの女性と男性と思われる新たな人物が会話をしているようだった。


がちゃりと玄関の鍵が開く音がした。

誰かが階段をあがってくる。


私は自分の家の中で見知らぬ青年とすれ違った。

背が高く、育ちのよさそうな髪型と服装をし、眼鏡をかけていた。

見たことのない人のはずなのに、何の感情も湧かなかった。

すれ違う瞬間挨拶をするべきだと思ったけれど、

声は出ず目が合いそうになった瞬間私は顔をそらした。

目を合わせ声をかけると、何かが変ってしまいそうな不吉な予感がした。

私はお気に入りの白いカチューシャをつけ、去年かったばかりの白いダウンを着ていた。でかける予定があったはずだが、どこに行こうとしていたのかは思い出せなかった。


部屋を見ると、ベッドの反対側の本棚があったはずの壁に新しいベッドが置かれていた。

そういえば、今日から同居人が入居することを思い出した。


年齢も名前も知らない彼と同居することに一瞬不安を覚えたが、

そんな感情も霧のように消えてしまった。


次の瞬間、私は再び玄関にいた。

玄関は先ほどとは打って変わって明るくなり、外の日の光が差し込んでいた。

太陽が出ているようだが、雨音は鳴りやんでいなかった。

玄関には見覚えのない鞄が置いてあった。

きっと先ほどの彼のものだろう。

彼は何者なんだろう。

学生なのか、社会人なのか。

鞄には文字が書いてあったが、そこから何かを探ることはできなかった。


私は再び眠りについた。


次に目が覚めた時、反対側の壁は本棚に戻っていた。


外からは作業をしている物音が聴こえ、

早朝訪ねてきた女性と似た声が聴こえた。


すべて夢だったのだ。

私は安堵と少し残念なきもちで、一日を始める仕度をした。


朝食はココアと数枚のビスケット。

今日は仕事もないのでゆったりと読書ができる。


午後はどこかに出かけてもいいかもしれない。

映画を観に行ってもいいし、カフェで本を読むのもいいだろう。

明日からの食材がなければ買い出しに行こう。


何をしようかと考えていると、再び睡魔に襲われた。


まるで今朝の夢に引き戻そうとされているようだった。



(完)



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夢か現か 小鳥遊椋 @mu_ku001

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