第5話 ちから


 テーブルの上に、チケットが二枚ある。

 素朴な絵が印刷された手作り感のあるチケットで、NPO法人「きせきさきみだれ」が主催する絵画展のものだ。

「実は、うちの弟、去年の夏から、うつで休職してたんです。今はA型事業所にいて、作業の一環で絵を描いてて。今度、障がい者のアート展に作品を出すことになったので、よかったら、見に行ってあげてくれませんか」

 店を閉めた後に、高城さんが言って、チケットをくれたのだ。

 私は、障がいや精神疾患についてあまりくわしくなかったが、絵画展のことをネットで調べて、驚かされた。

「障がい者の描く絵」という言葉でイメージされるような、素朴で無邪気な絵ばかりでなく、プロの作品としか思えないような立派な絵がいくつもあったのだ。

『彼らは、言葉がうまく出てこなかったり、他の人と同じように器用に動けなかったり、生きづらさを抱えている人たちですが、そのぶん、命を注ぎ込むように描いているのです』

 と、ホームページには、作品紹介の文章が添えられていた。

 障がいのある画家たちは、それぞれ、身体や精神に不自由を抱えながら、渾身の力で絵を描いているという。「たかしさん」という半身まひの方は、硬直した手で絵筆を器用に挟み、車椅子の「ひろおさん」は口でコンテをくわえている。作業風景の写真を一枚ずつ見ながら、私は、彼らの存在そのものに圧倒されていくのを感じていた。

 高城さんの弟は、つい最近まで大企業の営業マンだったそうだが、精神疾患になって、今はリハビリ的に絵を描いている。昔漫画家をめざしていたそうで、アメコミ的なヒーローの絵を描いているそうだ。顔は出ていなかったが、「Shin」という名前と、鉛筆を握る華奢な手が掲載されていた。

 最初は気乗りしなかったが、しだいに心を動かされて、出かけてみようという気になった。


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