第3話 祖母
真剣に絵を描いていたころ、私は何を描こうとしていたのだろう。いつも絵の道具を持ち歩いていて、目の前の景色をスケッチしていたが、「これが描きたい!」という強い想いは特になかったような気がする。
だから、あっけなく描けなくなってしまったのかもしれない。
無心に絵を描いていたころ、完成するたびにコンクールに応募していたので、年に何度かは受賞することがあった。最優秀のときもあったし、佳作のときもあった。大きい賞も、小さな賞もうれしかった。しかし、私以上に喜んでいたのは、母方の祖母だった。
いつもはきはきとものをいう明るい人で、褒めるときには、「えらいねえ、あんたは本当にすごいねえ」と屈託なく褒めてくれた。学校の美術の先生には好かれていなかったから、「あなたなんかたいしたことないんだからね」と嫌味を言われたこともあったが、絵に詳しいわけでもない祖母に手放しで褒められたことのほうが、何倍も私の記憶に残っている。
祖母は、私が賞をもらったことが新聞の地方欄などに載ると、記事を丁寧に切り取ってスクラップしてくれていた。私の絵のカラーコピーも取って、縮小してノートに貼っていた。学生時代から二十代半ばまでのものだから、スクラップブック三冊分ある。
私が二十八歳になった年の春に、祖母は心筋梗塞で他界した。祖父が亡くなった三か月後のことだった。
思えば、そのころから私は絵を描かなくなっていったような気がする。喜んでくれる人がいなくなったからかもしれない。見せる人がいなくなると、描きたいものもなくなった。世界が平らに、とてもつまらないものに見えた。今もそれは続いていて、私は毎日ただ、仕事だけして生きている。
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