第2話 職場で
二十代の終わりに入ったころから、しだいにまわりの環境が変わっていくのを感じていた。大好きだった母方の祖父母は、二年前に相次いで亡くなり、仲が良かった友達は結婚して、疎遠になっていった。職場では毎日、たくさんのお客様と接しているけれど、それは深い意味のある交流ではない。あくまで表面的なやりとりを交わすだけだ。
私の勤め先の飲食店は、全国チェーンのファミリーレストランだが、郊外の景色のいい場所に建っていて、以前の私なら、窓からの風景を描きたいと思ったかもしれなかった。
今日みたいな五月晴れの日には、青空の下に広がる田んぼやその向こうの山々がとても鮮やかに見える。忙しい時間帯を過ぎたころ、窓から外を見てほっと息をつくのが日課になっていた。社員は私ともう一人の女性だけで、あとはみんなアルバイトだ。昼間は主婦、夜は学生がメインでシフトを組んでいる。
もう一人の女性の社員は私の一つ上で、淡いピンクの口紅がよく似合う可愛い人だ。高城さんといって、いつもにこにこしている。
「ねえ杉崎さん、今度の休み、何します?」
十五時すぎ、お客さんの波が少し落ち着いてきたころ、高城さんが話しかけてきた。
「たぶん、いつもといっしょで、無料の動画とか観てごろごろしてますね」
私は休みの日、疲れて寝ていることが多い。立ち仕事だから脚もむくむし、銭湯でジャグジーに入ってマッサージしてもらって、帰宅後はベッドの上で動画を観てゆっくりする。
「えー、もったいないですよ。今、県立美術館にゴッホとかピカソの絵が来てるんですって。私今度行くんですけど、杉崎さんは美術館とか、興味ありません?」
昔の私なら、高城さんの話に喜んで乗っていたことだろう。美術館は私も好きだった。自分が絵を描いていたころは、休日に足しげく通っていた。県外までわざわざ、美術館をはしごするために遠征したこともあった。新人画家の個展や、マニアックなアーティストのイベントにも足を運んでいた。
今はもう、一切行くことはない。
「うーん。私、芸術とか分からなくて」
本当は違うけれど、そういうことにしておく。今は世界が灰色に見えているんです、なんて恥ずかしい科白を口にしたくなかった。
「残念。また何か、面白そうなもの見つけたら報告しますね」
高城さんはそう言って、化粧直し用のポーチを持って、休憩に入った。
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