第32話 拉致問題とチョーコー その2

「前例がない」


法務省職員に本名を名乗ることを断られた孫正義は、妻の大野優美さんの名前を孫姓へ改名させるという荒業を駆使し法務省職員を力技で本名での帰化を納得させたのだ。

今、在日コリアン達が本名で帰化できるのも、孫正義さんのおかげかもしれない。


話が少しそれたが、この拉致問題は、昭和時代東京中で暴れまわったチョーコーOB達にも暗い影を落とした。


2002年。

9月末。

チョーコーOBが経営する、十条にある某焼肉店内個室に、あの伝説の抗争「朝鮮高校vs国士館 新宿&高田馬場決戦」の参加メンバーのチョーコー生たちが集まっていた。

在日と後に続くチョーコー生のために、命を懸けて戦ってきた伝説のメンツである。

ある者はヤクザに、ある者は会社の経営者やクラブ経営。歌舞伎町で焼肉屋を営んでる者など。皆、所帯を持ったりと、昔を考えたら信じられないと思えるくらいそれぞれ落ち着いていた。

昔の筋骨隆々の体からは想像つかないくらい恰幅がよくなっている者もいた。

だが、そんな伝説のメンバーも個室にいる人数は15名程度。

あの時参加した残りの10名ほどは、不参加であった。

理由は色々あるが、拉致問題発覚後、総連や在日と縁を切る者、日本国籍を取得し日本人として生きる事を決めた者は、この集まりに不参加を決めたのかもしれない。

その伝説のメンツのリーダーである、キム・ブントクは、1980年に北朝鮮で一旗揚げるために、万景峰号で他の在日と共に北朝鮮へ渡っていた。

北朝鮮で一旗揚げて、経済で北朝鮮と南朝鮮を豊かにするという目的の為であった。


「ブンの奴は、やっぱこないか・・・・・・」


キム・ジュンキがビールを片手にボソッと言った。

1970年代、喧嘩に明け暮れ、関東の不良たちから金三兄弟と言われ恐れられた男だったが、今は妻や1人娘と共に、歌舞伎町で焼肉屋を経営していた。

あの筋骨隆々の肉体も、年を重ね、40代となったいま、デップリとした恰幅のいい体に変貌していた。


「三鷹の親戚さんに北に手紙を送ってもらうようにお願いしたんだけどな・・・・・・」


金三兄弟のもう一人である、キム・ジソンは、ジュンキの言葉にそう答えた。

ジソンも昭和時代と比べて痩せていた。

筋肉を鍛える必要がなくなったからかもしれない。


残り13名のメンバーもそれぞれ酒を飲んだりしているが、皆一様に暗く、お通夜状態であった。


「俺は、もう総連とは縁を切ろうと思う」


ユン・ケンホウが、この暗い雰囲気の中、言葉を発した。


「そうか・・・・・・」


そう言って、ファン・シュウスケが頷いた。


「俺は、総連に残る」


リーエイシュクもとい今は、新井泳淑(あらいえいしゅく)として都内でクラブを複数経営する、190cm・120kgの大男が少し背を丸めながら発言した。

リーは、拉致問題発覚後、リーという本名から日本名で活動するようになった。

在日としてのアイデンティティが揺らいでしまったのだ。


「金ばかり催促して、俺たちを守る気がない総連は嫌いだが、俺たちが抜けたら後輩たちはどうなる?ブンも言ってたが、俺たちが少しでも在日の後輩を守らないと誰が朝鮮学校の後輩や子供たちを守ってくれるって言うんだ?」


酒を飲んでいる事もあり、少し語気が強くなっていた。


「信じていたのに・・・・・・」


新井は泣いた。

それにつられて、数人のメンバーも泣いていた。


ここのメンバーだけでなく、朝鮮国籍並びに朝鮮学校出身者たちは、みな1人1人が朝鮮民主主義人民共和国の代表として、金日成と北朝鮮の為に激しい差別や暴力、時には命の危険に晒されても本名を名乗り、民族衣装でウリハッキョに通った。そして、朝鮮学校や朝鮮総連の最前線に立ち、彼らを日本人たちの差別・嫌がらせ・暴力・圧力から守ってきた。

自分たちのたった1つの祖国の為に、日本人からバカにされればどんな相手にも立ち向かっていった。

その時に、どんなに傷つけられようともである。

経済的にも、全財産を北朝鮮に寄付した者も多かった。

経済で北朝鮮という祖国を支えようとしたのである。

全ては、いつか統一されるであろう北朝鮮と朝鮮半島の為。

だが、自分たちが信じていた祖国は違っていた。

そんな在日の達の想いを祖国は裏切ったのである。


「ブンがいれば・・・・・・」


キム・ジュンキが言った。

1970年代はじめチョーコーのリーダーであったキム・ブントクは、喧嘩の強さ、カリスマ性、人たらしの才能もあり、尚且つ頭脳明晰でもあった。

ブントクは、チョーコー卒業後、親戚が経営している金融会社に就職。

そこで経済の勉強を行い、将来北朝鮮に渡り、一旗揚げた後、北朝鮮を経済的に盛り上げ、そこから朝鮮半島そして、日本にいる在日たちも支援しようとしたのである。

そういう夢を、居酒屋の席でみんなに熱く語っていた。

今世間で話題の孫正義氏や既に亡くなった大山倍達氏に似てるような男であった。

そして、よくみんなの前でこう言っていた。


「これからの日本社会で生きていく在日の後輩たちが、差別や暴力に晒されないために俺たちが体を張るんだ!」


だが、万景峰号で北に渡った後、彼の消息を知る者はほとんどいなかった。

数年後、同じように北に渡った在日女性と結婚したという手紙を受け取ってそれっきりだった。


キム・ブントクの様に、北朝鮮に渡った在日たちは、北朝鮮で冷遇された。

同じ民族であるにも関わらず、結婚すら北朝鮮の人間とはできず、在日同士での結婚しか許されていなかった。

移動も制限され、まともな経済活動などできる環境ではなかった。

土地も痩せ地と呼ばれる作物が育たない土地を与えられ、そこでやせ細りながら多くの在日が死んでいった。

もしかしたら、キム・ブントクもそのような環境で生きているのかもしれなかった。


「もう22時か・・・・・・。俺はそろそろ帰るよ」


キム・ジュンキは立ち上がった。


「もしかしたら、お前らはともかく、総連とかには二度と会う事はないかもな」


そう言って、席を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る