第33話 在日として・・・・・・
2024年 6月某日 夕方 JR埼京線内
1人太った男が新宿駅に向かう埼京線車内のドア付近に手すりにつかまりながら立っていた。
キム・ジュンキ、68歳。
既に頭頂部の一部はハゲ、白髪だらけの髪をオールバック風にしてまとめていた。
キム・ジュンキは、東京中高級学校(チョーコー)の文化祭を見に行った帰りであった。
「チョーコーに行ったのは何十年ぶりだ・・・・・・」
久しぶりに行った、チョーコーは、昭和のあの激しい時代を生きた時と変わらず十条に存在していた。
それはもちろん当たり前だが。
変わっていたのは、生徒数や、グラウンドが綺麗な人工芝のグラウンドに変わっていたことくらいか。
自分たちが在籍していた時のチョーコーは、3000名近くいたが、今は400名程度でかなり少なくなっていた。
そんな、母校での文化祭は、懐かしさと得も言われぬ寂しさをキム・ジュンキに与えていた。
生徒たちの国籍も、昔は朝鮮国籍がほとんどだったが、今は朝鮮、韓国、日本の国籍と様々だ。
生徒の容姿・態度も、昭和の時代からは考えられないぐらいおとなしくなっていた。
あの、触れたら切れそうな、尖りまくっていたチョーコー生たちの面影は一つもなかった。
ちなみに、自分たちの時代、中学まで日本人学校に在籍し、高校からチョーコーに入学した在日などは、それ専用のクラスに分けられ朝鮮語を一から学ぶ。
そういうチョーコー生は朝鮮語を話せないので、食堂などで顔を合わせると「パンチョッパリ」などと言ってバカにされたものだ。
チョーコーでパンチョッパリとバカにされた生徒は、チョーコーを退学したりしていつの間にか学校からいなくなっていた。
今思うと、彼らには申し訳ない事をした。
自分たちのアイデンティティを確立させるために、朝鮮語も分からない状態でチョーコーに来てくれたのだ。
もっと仲間として庇って支えてあげればよかったと。
キム・ジュンキは後悔していた。
同胞同士でいがみあってもしょうがないのに。
少し感傷的になっていたキム・ジュンキが乗っている電車が、池袋に到着しようとしている時、左方向から声が聞こえてきた。
「キム・・・・・・ジュンキさん?」
自分に声を掛けられている事が分かったキム・ジュンキは、左に顔を向けた。
「やはりそうでしたか。お久しぶりです。私、国士館の石野友一と申します」
「石野・・・・・・あっ!」
キム・ジュンキは驚いた。
それもそのはず、1973年新宿決戦での士官側の番長だった男が、目の前に来て礼儀正しくチョーコーOBの自分に挨拶してきたのである。
石野は、自分より少し背が低い170cm前後の上背だったが、高そうなスーツを着て、白髪も丁寧に整えられ、白いひげも似合う、好々爺とした姿が非常にキマっていて凛々しかった。
「これはこれはご丁寧に・・・・・・」
キム・ジュンキも、慌てて頭をペコリと下げた。
「もうすぐ池袋ですね。よろしければ少しお話していきませんか?ここで会ったのも何かの縁でしょうから」
ニコニコしながら石野は言った。
士官時代に、暴力で数百人ものごんたくれの頂点に君臨していた男とは思えない変わりようだった。
人間こんな変わるものかと、キム・ジュンキは1人であったなら頬をつまみたい衝動にかられていた。
「いけぶくろーいけぶくろーお出口は~」
電車が池袋駅に到着した。
2人は空いたドアからホームへ降り立った。
降りた二人は、ホームにある座席に並んで腰を下ろした。
「今私は、都内で建設会社をやっておりましてね」
「ほぉ」
「まだ中堅規模ですが、なんとかかんとかやりくりして今も潰れず頑張っておりますよ」
「それは素晴らしいですね。私なんか焼肉屋を1店経営するだけでいっぱいっぱいで」
「焼肉屋ですか!一度食べに行きたいですね。どこでやっていらっしゃるんですか?」
「まぁ、歌舞伎町でほそぼそとやらせてもらってます」
「歌舞伎町ですか!ジュンキさんにピッタリだと思いますよ。何せ50年前くらいのジュンキさんの怖さと言ったら。私も何度も逃げましたから」
「あれは。ははは、もう黒歴史ですよ」
キム・ジュンキは謙遜したが、心の底からの言葉でもあった。
「もう、誰々と喧嘩したとか、どこのシマを持っていたとか、そういう武勇伝を言う時代ではないですからね」
「確かにそうですね」
石野が賛同した。
「今のこの豊かな時代、喧嘩なんかよりももっと大事なことが沢山あります」
「それに、我々じいさんが昔の事を言ってもウザがられるだけですし、誰も信じないでしょう。50年前くらいの東京が、あんだけ荒れていたなんて・・・・・・」
石野は急に立ち上がった。
そして、キム・ジュンキの方向に向き直ると、深々と頭を下げた。
「今ままでずっと在日の皆さんに謝りたかった。自分の視野の狭さからくる差別心に。本当に朝鮮学校の生徒さんたちにひどい事をした」
ホーム上にいた乗客たちがチラチラ、頭を下げている石野を見ている。
中には、クスクス笑う女子高生もいた。
行き成りの謝罪に驚いていたキム・ジュンキだったが。
おもむろに立ち上がり、石野の手を両手でガッシリと握った。
「顔をあげてください石野さん。もう半世紀前の事です。私たちが暴力で抵抗したのも悪かった。今思うと、暴力ではなく、もっとちゃんとした形で解決する道があったはずです。私たちも未熟でした」
「ジュンキさん、ありがとう・・・・・・」
石野は顔をあげた。
その両目から涙が伝い落ちていた。
その後、数十分。石野とキム・ジュンキは会話に花を咲かせた。
昭和の時代には考えられなかったことだ。
お互いの団体のメンツやプライドゆえに、両団体は近寄ることなく、激しい抗争を繰り返してきたのだ。
50年前の関東の不良たちがこの光景をみたら、泡を吹いて卒倒するかもしれない。
見る人が見れば、それほどの衝撃的場面であった。
会話が終わると、二人は持っていたスマホで電話番号を交換した。
「では、私はこれで・・・・・・」
「はい、又お会いしましょう」
「ええ。次は私の家にも来てください。妻ともども歓迎します」
そう言って会釈をすると、石野は階段を下っていった。
(もうそういう時代じゃないか・・・・・・)
次の電車を待ちながら、キム・ジュンキは独り言ちた。
(もう、在日だとか日本人だとか言ってる時代じゃないのかもしれないな)
キム・ジュンキは、韓国国籍から日本国籍に帰化して日本名を名乗ろうかと考えていたが一旦やめる事にした。
もう、国籍がどうとか狭い世界で考えるのが、石野と出会って馬鹿らしくなったのだ。
今は、世界が多様化してネットで世界の裏まで簡単につながる時代になった。
昭和の時代みたいな、何かと不便で窮屈な時代ではない。
今持ってるスマホ1つあれば、いくらでも金儲けができる。
選択肢の幅が増え、無限の可能性があるのだ。
それは、在日韓国・朝鮮人や日本に帰化した在日たちも同じだ。
その在日の為に、これからも本名を名乗り続ける。
キム・ブントクが言っていた。
「これから日本社会で生きていく在日の後輩たちのために体を張る」という言葉を自分なりに、今生きている自分が今風な形で行動で表すのだ。
もう、老い先短い自分に残された最後の置き土産である。
「今度、親と韓国に旅行に行くんだ~」
「え~うらやま!BTSに会いたい~」
すれ違う女子高生たちが、韓国のアイドルグループを話題にしていた。
今日本や世界では、空前の韓流ブーム。
街中、テレビや雑誌、ネットでは韓流の文字が至る所で目に入る。
寄ったチョーコー文化祭でも、チョーコー生たちは、韓流ドラマやK-POPに熱中していた。
これも自分たちが若いころには想像できなかったことだ。
自分たちの時代では、韓国はバカにされる対象だったからだ。
昭和の時代は、むしろ自分たちの存在が、韓流の先駆けだったのかもしれない。
関東中の不良たちが、チョーコーの服装や言動(朝鮮語)を真似して街中を風を切って歩いていたものだ。
チョーコーと喧嘩しただけで、それが日本人の不良の武勇伝になるぐらいであった。
一方、韓国は、チョーコーからもバカにされるだけでなく、日本からも相手にされるような存在ではなかった。
それがそこから数十年で、経済的にも文化的にも世界をリードする存在になっていた。
1953年の朝鮮戦争直後、国土が荒廃し、世界最貧国だった国がである。
まさに、朝鮮民族の恐るべき底力であった。
キム・ジュンキは、その韓流の話題で、楽しく会話している女子高生たちをチラリと見て呟いた。
「今度の夏には、家族と初めての韓国旅行にでも行ってみるかな」
終わり
チョーコー!朝鮮高校喧嘩列伝超(短編ver) 姜公紀 @chokoshosetsu
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